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重症急性膵炎の父、残りの手術 4月6日

父はあと一ヶ月程度で退院できると言う風に聞いています。
やっと退院の目処がでたところですが、4月6日にまた大きく手術をしました。

今回の手術は、尿管と膀胱と腎臓。尿管をつなぐための準備&状態調査も兼ねて、最後に壊死物質がたくさん残っている骨盤周辺の除去を、北海道道南管内で初導入されたばかりの最新の機械を使って行ったのだそうです。スポンジ状のものを体内へ入れて、それに壊死物質を染み込ませて取り除く、というようなもののようです。
そして、尿管を見たところ、膀胱付近で切れていて、腎臓はまだしっかりと活動しているために、膀胱付近の尿管の管に穴をあけることで繋がる可能性も出てきたそうです。現在は、せっかく腎臓で濾した尿成分が、管が切れているために体内の、壊死部分のほうへと流れ出ていって、治療を妨げているようです。けれど、うまく尿管が繋がれば、もう諦めるしかないかと思っていた腎臓も生かすことができる可能性があります。かなり難を極める治療のようですが、やっていただくしかないです!!

そして、体の上の方は、ほとんど壊死物質も除去が進み、体の回復も見えるそうです。
前回の手術後は、水だけで嘔吐してしまうほどひどく、しゃっくりなども続いたのですが、今回は手術翌日には新聞を購入しに行ったり、歩くことも割とすぐに可能になってきたようです。

現在、人工肛門のために、管がはずれてしまい汚してしまうことなどもあるそうです。そのため、手洗いなども多くなって、手が荒れてきたけれども、わたしが持っていった馬油が大した良いと重宝してくれているそうです。
わたしはそのことに関して、手を石鹸で洗わないように伝えました。流水で10秒流すと、菌の9割は流れるそうです。また、石鹸を使うとどうしても回数が多いとどうしても手を守る菌がいなくなり、悪いものの進入を許してしまうので、なるべく石鹸を使わないことが大切です。
切れ痔の人なんかも、ウォシュレットの使用を止めると治りやすいようです。肌に必要な菌までもが流されてしまい、お肌を保護できなくなってしまうのです。
つまり、流水で十分菌は流れてしまうということです。

いつ退院できるか、はっきりとしたことは今回先生からのお話にはなかったようです。
それでもまぁ、6月になる頃には退院できるのではないでしょうか?

重症急性膵炎の患者で、元気になって退院する人は、通常3~6ヶ月程度の入院だといいます。
父は、まる六ヶ月は入院していることになるのですが、それでも退院できるということで1つの目安として嬉しいことです。
母は、父はだいぶやせてしまったけれども、元気でいると言います。
前回あったときも、やせたように思えたけれど、それからもやせたのかもしれません。

母にアロエを食べさせるようにお願いしています。
やっぱり食べにくいからとほんの米粒程度しか食べないようなので、スプーンに一杯程度は食前に食べるようにいいました。
アロエベラは食前に、キダチアロエは食後が、消化器への働きかけの関係で良いようです。
食べられないときには、体に塗るようにしてもらっています。
それから、手のカサカサにも、馬油を塗る前に、アロエを塗るようにしたらいいと言うと、母は「ずっと居るわけでないからできない」と言います。
「そんなの、そこに切れ端をまるごとポンと置いておけば良いじゃないの」
「いやぁ、でも・・・」「置いておいてね」
とにかく、何か新しく始めるのが億劫なのか、抵抗あるのか。
なんでもいいから、とにかくやってくれればそれでいいや。

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退院の目処がついたものの、難ありな病状

父は急性重症膵炎の、重症中の重症です。
やっと退院の目処がついたものの、大腸に穴、尿管が切断されてしまったままの状態で、そのため手術をしました。
大腸の方は人工肛門を使うことで、大腸の穴のある部分を使わない状態を保つということに、まずは成功したようです。
尿管の方は、もともと難しい手術のために・・・先生方の方ではそれでもうまくいくと踏んでいたようですが、うまく行かず、別の方法を検討するというお話があったそうです。

こうして手術が終わってからというもの、父の容態は今までになく不調なようで、これまでリハビリなどを通して歩くこともゆっくりではあるけれどできるようになってきたのが、歩くことも辛い状態に逆戻りしてしまったそうです。そして、日中起きている間はしゃっくりが止まらなくなってしまっているそうです。ちょっとの間でもしゃっくりはけっこう苦しいものだったりするのに、弱っている体にずっとしゃっくりは厳しいものがあると思います。それから、水ですら飲むと吐き気がしてどうしようもなくて、ついに吐いてしまったりもしたといいます。今はとてもアロエなど食べられないと言います。
では、フォーエバーのアロエジュースならどうなのかと聞くと、若干置いてきた小袋のものが残っていたようでためしに飲んでみたところ、おなかが張ってどうもならなかったと言います。
アロエであれば、栄養がたっぷりなので、少しでも食べられるといいのにと思いますが、なかなかそうもいかないようです。

母によると、自分の姉、つまりわたしにとっての伯母さんの旦那さんは、元雪印の医薬品関係のトップの取締役や大塚製薬の取締役を務めていた人で医学博士でもあるので、医療関係者には詳しくて、いい医師を知っているというような話を、伯母さんの方からしてきたというのです。
わたしはそのひと言を聞き逃したりしません。
「じゃあ、今すぐ尿管を治せそうな医師を紹介してもらえるように話を付けてとお願いしてみたら?伯父さん、今北海道に丁度いるんでしょう?」と母に言うと、
「いや、今の先生一生懸命やってくれているし、その先生の顔に泥塗るような真似は・・・」
「なにも今の先生にお願いしろっていっているんじゃなくて、伯母さんにお願いして、今北海道にいるうちにもしかしたらお願いできるかもしれないんだから、早く今すぐ電話してみたらいいんじゃない!?」
「それでも先生の・・・」
「そうじゃないでしょう?今の先生は膵炎に関してはエキスパートかもしれないけれど、尿管に関しては伯父さんんの方がいい先生知っているかもしれないし、聞いてみるだけタダだし、第一今の担当医師を通さなければならない話しじゃないし、仮に伯父さんの知っている先生のほうで何とかなるという人がいればラッキーじゃないの?だって、膵炎の方の処置は殆ど終わったのだから、尿管なんとか出来ないで、はい残念でしたと終わるよりもいいでしょう?裏で手引きしておいて、何が悪いのさ?」
「まったく、あんたにかかれば・・・」何かぶつぶつ言っていたけれど、わたしにはよく分かりませんでした。
「とにかく、すぐに電話してね」と言って、電話をきりました。

しかし、なぜこういう話がでたというのに、お願いをしてみようという発想がでないのか、わたしには全く理解できません。医者にばっかり気を遣って、肝心なことを考えられないのか、それとも、伯母さんが見栄で話したことなのか、母が見栄っぽく解釈しただけで実質そんな話は元々ないからなのか、どれかだと思ってしまうのは、わたしがひねくれているからなのでしょうか・・・?
そんなことはどうでもいいし。
ただ、無駄なことでケンカはする知恵ばかり働くのに、そういうことに労力使おうとしない人たちにイラッとくるのです。
こういう風なわたしって、ある意味暴力的なのだと思います。
どうも、危機迫った感じで物事あたるクセがあります。

実は2~3日ほど前に、祖母からわたしのところへ電話がありました。
祖母と母の仲は犬猿なので、いつも中間に立つのはわたしです。
祖母は、実家に人が来ていた痕跡が雪を掻き分けた跡を見て、わたしが来たと思ったらしく、インフルエンザ開けのわたしに病院へ行くなと責めてきました。
いや、わたしたちはしばらく行っていないし。
なのに病状なども聞いてこようとします。
「あれっ?修叔父さんに聞いたらいいんじゃない?函館に住んでいるんだし、父の弟なんだから、よく分かっているでしょ?」
「したって、だぁれも教えてくれないもの。雪かきしていたら、たまたま通りかかったのがお友達だったんでしょう?面会に行くという方がいたから、会ったら様子教えてとお願いしておいたのに、それっきりなんだよね」なんだか、自分の息子だというのに、面会にも行かず、誰も教えてくれない、しかも他人に教えてって、どういうことなんだろう。
「ばあちゃん、それおかしいよ。何で自分の息子なのに、他人さまがその様子を見てばあちゃんに報告しなきゃないのさ?そんなこと言われた方も一体なんなんだとびっくりするわ。」

また、こんな話もしていた。「生活保護の申請もしに行ったのだけど、今はまだ貯金があるからダメだって言われた。なくなったらおいでというけれど・・・なくなってからじゃ生活していけない。年とってこんな目にあうとは・・・長生きするもんじゃないね」
役所に勤めていたことのあるわたしは、直接市民の生活に関係するような部署にこそ居たことはないけれど、その手の話には敏感です。
「あのね、ばあちゃん。順番って言うのがあるでしょ?生活保護って、税金なんだよ?みんなが働いて集めた税金、ばあちゃんはそれに頼る前にまず、自分の娘と息子が2人もいるでしょ?そんなの、たとえばあちゃんが貯金なくなったって、まだ子どもがいるでしょうって話だし、たくわえなくなったところで子どもたちがいるからすぐに死んだりしないって判っているから、いよいよ困らない限りもらえないんだよ。」そんなことでたやすく税金がもらえるようじゃ、たまったもんじゃない。まぁ、世の中にはそうやって税金をちょろまかしている輩もたくさんいるのは正直な話しなのだろうけれど。
「だいたいね、こういうときだから自分の子どもの修叔父さんの所へ行きなさいっていかせたのに、5日で戻ってきたんでしょ?」
「だってあんなところにいたら、自分なんにもやることなくって、それこそボケてしまって迷惑かけることになる。元気でいることが何よりだと思うから・・・」
「それって、ただのばあちゃんの我侭でしょ?自分がしたくないからって、本当にもう。」
「だって、修司だって、容子だって、夜通し働いていて、私を養う金なんてない。うまく生活保護もらっている人だっているというのに・・・。」
プチプチっ!!!!!と、、、本当にイライラします。うちの両親が、よく他の人にはとても遠慮するけれど、自分たちからだけはお金もらって当然という顔して、人にばかりよくプレゼントしたり、なんだりするけれど、こっちには何にもしないし、それでも感謝の言葉があればいいのだけれど、それすらないから頭にくるとよく言っていましたが、よく分かります。じゃあよくもうちの両親にだけはそんなにずうずうしく出来たものだ!と言ってやりたいくらいでしたが、ここだけはぐっとこらえておいてあげました(上から目線な言い方ですが・・・!?)。
「それだって何だって、結局はばあちゃんが自分で選択した結果が招いているんでしょ?全部自分の都合だけで物事動かないんだって。」年寄りに今更こんなこと言ったって、長年の思考回路が変わるなんてことはないけれど、このくらいは言わせてもらった。

それから、祖母はこんなことも言っていた。
祖父が病床に倒れてこの世を去る2日前、祖母は泊まろうと思って病室にいたのだそうだけれど、看護婦が「泊まらなくっていいんですよ」と言ったという。そこでのこのこ帰ったのだけれど、あの看護婦が憎たらしい、可愛くないこと言った。だから自分は自宅へ帰って、けれども翌日お隣の奥さんが、奥さんのこと呼んでいたよと教えてくれて、余計に最後まで尽くせなかったとう悔しい気持ちになったという。
ここでもわたしは余計なひと言を言った。
「それでもばあちゃんが帰るってことを選んだんでしょ?看護婦がどんな意味を込めて言ったかなんて、わたしにはわからないけれど、自分で決めた結果でしょう。それに、最期の日にそうだったというわけではないし、最期のときには一緒にいてやれたんだから、それで何も悔いることはないでしょう?精一杯やっていたと思っていればいいだけの話でしょうに。いちいち他人のひと言をそんなに恨めしく思うのもどうかしている。」

いやぁ、年寄り相手にやりすぎてしまったかと反省。
しかしこの調子で長年うちの両親はいつも言われ続け、そのたびにイライラして家の中で騒いでいたので、ガツンと、けれども憎しみを込めずにいわせてもらった次第であります。
さすがに祖母も疲れたようで「疲れた」と電話をきりました。

そんなこんなでしたが、手術後3~4日もすると、父の調子も少しずつよくなってきたようで、ほっと一安心しました。

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急性重症膵炎の父の退院の目処! 3月7日

2月の中ごろ、急性重症膵炎で入院している父をお見舞いへ行ったきり、何やら慌しくブログも書いていませんでした。いまも、息子がインフルエンザBにかかっていて、息子の園は閉鎖になっていたりと落ち着かない日々であったりします。

そんな中、昨日ですが医師のほうからなるべくたくさんの家族の方に集まっていただいて、今後についてお話したいと言われました。うちは行けるような状態でもなく、また遠方なこともあってわたし一人で車を5時間運転してかけつけること自体、それに弟宅にいすわることも負担になるようなので、だまって状況判り次第連絡をもらうようにしていました。

なんだろう、たくさんの家族にということは悪い知らせなのだろうか・・・!?だけど大分回復してきているように思えるけれど、などと考えていると、知らせは退院の目処でした。
これまではいつになるか分からないということばかりだったので、初めての退院目処のお知らせとなりました。
「桜が散る頃には退院できるのではないか」
ということでした。ということは、5月いっぱいで、6月には退院できそうということになります。
よかった!!!!!!!

現状としては、壊死物質はほとんど取り除いたそうです。
ただ、大腸に2箇所ほど穴が開いてしまい・・・これは、膵炎のせいなのか、それとも壊死物質を掻きだしたときに傷つけてしまったものなのかは良くわからないということでしたが、そこを治すために一旦人工肛門を付けて、大腸のその部分が自然に回復するのを待つという方法をとるということです。人工肛門は、退院してからもしばらく付けることになり、そして大腸回復後には1週間ほど入院する必要があるけれど、人工肛門を取り除くという手術をするのだそうです。
わたしのお友達の一人に、人工肛門、確かストーマと呼んでいたと思うのですが、そちらをつけている方がいて、たいそう不便ではあるような話しを聞いていました。けれども、ずっとというわけでもないし、なるべく自然の治癒を待つという治療を考えてくださっているということに感謝しています。
それから、切れてしまった尿管には、支えとなるような管を通して、こちらも尿管が回復次第、管をはずすという手術をするのだそうです。こちらの手術は割りと難しい手術になるのだそうです。腎臓は人体に2つある器官のためか、「ひとつくらいなくても大丈夫」と、簡単に諦めてしまう医師もいると聞いている中、こういった措置をとってくださることに感謝しています。

そして、やはり、前任の五稜郭病院の医師である、岡先生には、なんとか治してくださいと泣きつかれたのだそうです。おそらく、岡先生も膵臓に無理無理ブラシを入れた結果、このような重篤な症状を引き起こしてしまったということを感じているようです。こちらの協会病院へ転院してからも何度もお見舞いにきてくださっていたということで、心がないわけではないのは判るのですが、父の体質が悪いというだけではないという感じを受けます。
やはり、協会病院へ転院してきたばかりのころは、命にかかわる状態が続いていたそうです。母と弟がこの日協会病院医師からの説明に立ち会いましたが、血圧、脈拍、炎症物質などなど、いろんなデータが大きく上下してやっと収まってきているという経過のデータを見せていただいたようです。

さて、母が一度実家へ戻ったときには、店の前に「春まで休業」の部分を、「夏」に書き換えてきたということでしたが、それ以上延長するわけではないようで、ひとまず良かったと安堵しています。

そうして、判り次第電話ちょうだいとお願いしていたので、昨日3月6日のお昼頃にこういった内容の電話を受けたのでした。
父も電話で少し話ししました。
「アロエをきちんと食べているけれど、あんまり人にすすめるんじゃない」というので、「それでも食べて頂戴!」とだけ言っておきました。
アロエについては、アロエ自体に48種類ほどの必須栄養素群が入っているのと、解毒作用があるので、なんとしても食べてもらいたいと思い、大きなアロエの木を買い弟宅においているのですが、食べれるようになってもなかなか食べてはくれませんでした。丁度そのころ、前回お見舞いに行ったときに、マヌカの蜂蜜という、ニュージーランドでしか取れない抗菌作用などが高い蜂蜜を持っていったのですが、これも要らないといっていたのですが、現在はそのままでは食べにくいアロエベラをマヌカで少し味付けして食べているようです。マヌカの蜜も、常に風邪を引いているようなわたしがこれを食べると風邪をひかないのと、アトピーが治ってきたのとで、きっと父の体を回復させるのにも役立つと思い、持って行ったのです。
アロエをいよいよ食べてくれないという態度なので、フォーエバーという会社のアロエジュースをお友達のところから購入して、持って行きました。生のそのままのアロエに叶わないけれど、それでもこっちが飲みやすいなら、高いけれども買って送ってあげるから飲んで欲しいという話もしました。
冬だし心配だからあまり来るんじゃないということだったので、アロエを食べてくれるなら、もうずっとお見舞いに行かないから、という話もしました。
母はそれを聞いて、父に生のアロエとジュースとどっちがいいか、聞いてから答えるということにしてくれて、現在生のアロエでがんばってくれているようです。
父は毎回アロエを見るたびに「うぇ~、べろべろ」なんていいながら、仕方なく食べているようです。
けれども、それでもなんでも、アロエを食べてくれるならいいと思います。

ちなみにフォーエバーのアロエジュースを、父は酸っぱいと感じ、母は苦いと感じたそうです。
これをフォーエバーの会員の方に話すると、「酸っぱく感じるのは消化器系が弱っている、苦く感じるのは内臓が弱っている」のだそうです。う~ん、まさにそんな感じです。
母にもこのことを話し、強く食べているように勧めておきました。それに、アロエを食べている人の肌って、ものすご~くツヤツヤしていて綺麗なんです!!!下手な美容液よりもずっといいと母に教えておきました。

実際、フォーエバーのアロエジュースを飲んでいる人って、肌がどんどん綺麗になっていくんです。
わたしが通っていた自然食のお料理教室を主宰しているおばちゃんも、半年ぶりほどに会うと、なんだかとても肌がツヤツヤしていて、「とってもきれいになられたと思うんですけれど、何か特別なことをされているんですか?」と伺ったところ、アロエジュースを始めたということでした。
フォーエバーのアロエジュースは、おそらく余計な添加物が一切入っていないということがまたいいのだと思います。実は添加物って、何パーセント以下であれば表示しなくていいということも食品業界ではまかり通っているのです。遺伝子組み換え大豆なんかも、少量であれば混ざっていませんと表示できてしまうのです!!おそろしい・・・!
で、わたしも自分でアロエベラとキダチアロエを自宅で栽培しているのでたまに食べていたのですが、いよいよ食べつくしてしまいそうなのと、フォーエバーのアロエは安心できるということから、会員になることにしました。いわゆるネットワークビジネス、マルチまがいビジネスといわれるような形態をとっているために、インターネットで購入すれば安いと思って、絶対会員にならないと、とあるお友達にお話していたので、びっくりされてしまいましたが、毎月買わなくてもいいということで会員になってしまおうと思いました。

わたしが長年苦しんできたアトピーは、ポリエステル、ポリエチレン、ビニールなどの石油化学系合成繊維などを身近なところから除去したのと、マヌカ蜜とアロエによって、あと一歩というところまで回復してきています。不思議なことに、体重はそれほど変わらないのに、見た目がものすごくすっきりとしたんです。
面白いのが、アロエだけでは一時期回復が停滞していたのが、マヌカに切り替えたらまた一気に回復したのと、だけどしばらくするとまた停滞したのでアロエを食べ始めるとまた一気に回復してきたりしたのです。相乗効果のようなものがあるかもしれません。

ということで、細胞を芯から元気にするための栄養素が満載なので、とにかく父に食べてもらいたかったのです。
このまま続けてもらえたら、きっと回復が早いと思います。

さて、わたしの懸念事項は、駐車場のことです。
現在、東日本ハウスの函館支店長さまには春頃までという話でお話して、駐車場として空き地を使わせていただいています。無料で貸していただいているので、当然退院のときには挨拶に伺わなければならないのですが、やはりわたしも何度か使わせていただいたのでこのときくらいは御礼に一緒に挨拶しにいかなければならないと考えています。
やはりずっと函館へ行かないというわけにはいかなさそうです。

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尿道が切れたことと、保険の話あれこれ

父は11月1日から丸一ヶ月ICUへ入り、急性重症膵炎の治療を続けています。
病院も転院し、処置も週一ペースで行い、順調に回復してきているかと思っていたら、処置をしたときにどうやら尿道を誤って引きちぎってしまったらしく、管をつけてつなぐ手術を先日しました。
なんとも、それでも医師は自分たちの非は認めないんですけれどね・・・。
わたしも今のところは何もクレーム等起こさずにだまっていますが、今後何かあったときには黙っていません。

さて、こうして入院している中、母からはかかっている保険についての話を聞きました。
アフラックとアリコに同じような条件のもので加入していたのだそうですが、手術1回につき毎回手当を出してくれるのも、金額的に少々お得だったのも、アリコの方が断然良かったそうです。
アフラックの方は、全然出してくれないそうです。
保険も比較してみただけでは分からないことが、実際支払われる際になってから分かることが多いですね。

実は今日、幼稚園のお話の読み聞かせのサークルに久々に出たのですが、サークルのメンバーの一人が父が入院する少し前の10月頃だったはずですが、100%相手が悪い追突事故に遭い、ひどい鞭打ち症状に悩まされているということを知りました。
聞けば、相手方の保険の損保ジャパンのおじさんが、新しい病院への乗り換えはダメだということと、保険の支払いは今月いっぱいでお終い(つまり明日まで!)ということを言ってきていて、もう話をするのもいやだと言います。
聞いていて、なんだかおかしな話だと思いながらも大した知識もない、けれども両親と弟は車関係の仕事をしているために保険の取り扱いに詳しいので聞いてみることにしました。
一度診断書を出しているので損保のおじさんは病院を変えられないという点。これについては2重に診断書を別の病院から貰って提出しても良いのではないかとわたしは考えて、弟に相談したのですが、弟も会社の人に聞いてみてくれたところ、2重に出してもいいという話でした。
それから、相手の保険屋では自分のお客さんではないために親身になってくれなくて不利に働くために、自分の保険屋に相談することを教えてくれました。要は、損保ジャパンだから対応が悪いのではなくて、自分のお客さんじゃないから対応が悪いのだということ。最悪、相手の保険が打ち切りになったとしても、自分の自動車保険の人身保険に入っていれば、自分の保険を使えてしかも人身だと等級が上がらないということでした。
なんとか希望的な話なので、早速伝えたら喜んでもらえました。

みなさん、快方へ向かってくれると良いのですが。

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急性重症膵炎の父の容態、安定

重症の膵炎を患って、去年の11月1日から30日までの丸一ヶ月間をICUで過ごしていた父。
一般病棟へ移ってからも、結局は注射器を同じ場所から移動していないことが大きな原因のひとつだったのに原因不明の熱ということで40度近い熱が続いていた父が、12月中旬に函館五稜郭病院から、近くの協会病院へと転院してからというもの、手術に手術を重ねて現段階では安定してきているようです。
協会病院へと移ってから1ヶ月ほど経ちますが、週1回程度の少なくとも3回の手術をしていて、順調です。

わたしがここ最近でお見舞いに行ったのは、12月末の26から3日間、それから1月12から14の3日間です。父がICUに入ってからというもの、2週間に1回程度、1回につき2~4日連続でお見舞いしています。

現在夫が長期出張中で、車の運転を一人でするのもどうなのかと思っていたのですが、案外大変と感じることも無く、特段大きな休憩などを取らなくても運転することが出来ています。

手術というのは、肺にたまった水を抜いたり、体のあちらこちらに飛散してたまっている悪い水(壊死物質)を管から抜き取ったりすることです。現段階では本格的な手術とはまたちょっと違うようです。
今は壊死物質をピンセットでつまみ出すような処置を手術のたびにしているようですが、これがいよいよ取り出しにくいところは後回しにして、体力が回復して細かくて取り出しにくいところは体が吸収してしまうくらいまで体力が回復することを期待しているのだそうです。
どうしても管を通してピンセットで取り出すという方法では限界があるようで、脾臓の近くなどはいよいよどうにもならない場合に、本格的な手術をして取り除く、ということになってしまうようですが、負担が大きく難しい場所なので、吸収されてしまうことを願っているそうです。

こういった調子ですが、以前年末にお見舞いへ行ったときには、処置の後には父はトイレにもまた一人で行けなくなってしまうというほどだったのが、年明けわたしがお見舞いへ11日に顔出しした翌日にまた処置をしたのですが、一日安静と言われた後にはすぐに歩いてトイレに行くことが出来たり、体の方は徐々に体力が付いてきているようです。特に1月の処置は、かなり体の中をいじってたくさんの壊死物質を取り除いたようなので、てっきりしばらく動けないと皆思っていたので驚きでした。

父は、また驚くほどに友人が多いようです。
毎日、たくさんの方が、函館や地元からわざわざお見舞いにきてくださいます。
同級生の間では、生徒会長のようなこともやっていたり、同期会の役員のようなことなどもたくさんやっているということもあるかと思います。
普段マメに除雪してある家の前ですが、今は独りで篭城している祖母のために通り道をヘルパーさんに依頼してかろうじて少し除雪してもらっているだけなので不審に思ってうちの前を除いて、貼紙がしてあるのを見てびっくりして連絡をくださったという方や、一人が事情を知るとあっというまに連絡網のようなものを伝ってみんなに知れ渡ったりという感じで、次々と訪問客が後を絶たないようです。
わたしが入院しても、これほどの人たちは来ないです。

協会病院での体制も、4人の医師が誰がメインというわけでもなく担当してくださっているし、専属の看護婦さんという方もいるようで、落ち着ける環境のようです。五稜郭病院では専属の看護婦さんという方もいなくて、そのせいか注射器を同じ場所から移動しないままでいたために高熱が続くという初歩的なことにも気づかないという事態も引き起こしていました。あのまま五稜郭病院に居たら、今頃どうなっていたのか考えるだけでもゾッとします。というのも、急性重症膵炎での死亡率は、発症後の1ヶ月を経過した後は感染症だからです。思いっきり感染症を引き起こしていたということだし、壊死物質を取り除けないとか五稜郭の医師には言われていたし・・・・もうやる気ないのか!?と言ってやりたくなるほどでした。そりゃ、そんなこと言って医師のご機嫌を損ねても困るので、壊死物質を取り除けないと言われたときにせいぜいわたしが「それじゃ壊死物質が感染症を引き起こして大変なことになってしまうじゃないですか」とひと言放って思いっきり神妙な顔をして見せたということぐらいですが。

これまでは毎日電話して母から話を聞いていたのですが、わたしも自分のアレルギー検査をしなければならないとかやたらと忙しいために、15日に函館を後にしてからも電話は一度だけ帰宅したという話を、帰宅の翌日にやっとしたという程度です。

早くて3月に帰れるという目安を立てていたわたしですが、父は重症の急性膵炎患者の中でも最重症クラスのようです。それでも、父の担当医師たちは父よりも重症の方々も見てきたといい、10ヶ月程度かかったこともあると言います。
父は、自分が一番最重症だと思ったようで10ヶ月はかかってしまうと考えていたようですが、最重症ではあるけれどもっと重症な人たちも見てきたというから、もしかしたら10ヶ月はかからないのではないかということを話してきました。「夏までゆっくりしていても別に構わないのだから、いいじゃない、それまで入院していれば、特等席で競馬場が見れるんだから」とわたしが話すれば、笑っていました。父は、競馬が大好きなのですが、病室の窓からまさに競馬場が一望できるのです。

金銭面も国指定の難病ということで、医療費の補助が決定しました。母は、食事代や病院の部屋代までは申請の結果が出るまで判らないといっていたのですが、食事も病室代も出ることが判りました。ただ、自己で加入していた保険は2ヶ月程度しか出ないようなのです。あとあ手術1回につき2週間以上間隔があけば1回につき5万でるのだそうです。
そういったことを除けば、あとは店の前の貼紙を貼り替えてくればいいだけなのです。

今回は、母へ洋服を1枚プレゼントしました。6千円したので、やや予算オーバーなのと、最近ネットで全く稼げないのできついのですが、いいものがあったのでタイミングが少しくらい悪くても仕方ないです。

今度はいついけるのか、独りで運転しなければならないということもあるし、金曜日は午後から怜のピアノ教室があるし月曜にはわたしが幼稚園のお話会サークルをもうずっと休んでいることもあって、そろそろ公園直前だということもありなかなか休んでばかりいると今回もなぜかくじ引きでナレーターが当ってしまったようなので欠けてばかりもいられないし、困りどころです。
怜も、外出続きで外食が重なったせいか、口の上が赤くなって、ちょっとしたしょうゆでも以前であれば添加物が入っているものしか赤くならなかったのに、今ではどんなものでも赤くなってしまうようになり、炎症が引かないまま赤い口ひげがついているような感じになってしまったので、外食しないためにもしばらく出かけないのも良いかと考えています。

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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