五稜郭病院の悪い噂になってしまうけれど  12月21日

重症急性膵炎を患って、函館五稜郭病院から協会病院へと引越しをした父。
協会病院ではまだ一週間も経っていないけれど、経過は良好です。

昨日20日の18時ころから、膵臓下に3本の太い管を入れて、悪い水を抜くための道を作りました。
悪い組織がスポンジ状で、管から水が出やすいわけでもなければ、すぐ出ていくようなものでもないようです。
今後も、何度かこういったドレナージュをするということで、本人には痛い思いを何度かしてもらわないとならないようです。

炎症係数(CRP)というものが、17日には15.3あったものが、昨日20には13.9に下がりました。
このまま下がればいいのですが。
膵炎発症時の一番安否が気遣われたときで、炎症係数は11でした。
風邪を引いたときで、3程度で、このくらいまでは一旦下がっていたのですが、五稜郭病院で途中から高熱が続くようになり、今回協会病院で診てもらえることになった次第です。

栄養状態が悪く、体力がなくなってしまうので、固形のものを食べるようにしているのだそうです。
昨日はトイレに2回程度で、お腹の調子も、やはり固形物の方が良いようです。

点滴の場所も、右の肩の下の方へと移動したそうです。
なんでも、管という管は点滴も含めて全て定期的に移動させなければいけないのに、五稜郭病院では点滴ですら一回も移動させていませんでした。
協会病院へ移動後17日と19日の2回もお見舞いに来てくださった誠意のある岡先生のことを悪く言うことになってしまうのも難ですが、こういった初歩的なことに気づかずに原因不明の熱が続くといっていては困ったものです。
管には、細菌が付着していたようで、現在これが何の菌なのか培養して調べているところのようです。
そして、分かり次第、対策を打つという感じです。

今回の処置は、元北大病院のICUにも勤めていらっしゃったという鬼原先生という若い先生が担当してくださったのですが、父は、その手際のよさに大変感心していたそうです。

東京に居る母の姉は、内科の先生はCTの見方もよく分からないもので、ポリープなんかも外科の先生がやるときちんとできるといっていたそうです。旦那さんが医学博士なので、そういった事情にも詳しいのです。

父の現在の状況は、術後すぐには管を固定できずに枕などをあてがって、横向きに寝ている状態だそうです。
明日には固定できるとのこと。
痛み止めも、我慢しても仕方ないので、どんどん使っていくということです。

この日は父は、五稜郭病院のICUに居た時のことを母に話していたそうです。
昨日まで孫がお見舞いに来てサッカー見ていた隣のわりとしっかりしたおじいさんが、急に息が出来なくなって、看護婦さんだけが来て、父の居た4人部屋の病室からそのまま連れて行かれたといいます。
翌日、新聞で、その方が亡くなったことを知ったそうです。
また、斜め向かいの方も、突然連れて行かれて、やはり新聞の欄に載っていたそうです。
元々ICUの部屋自体、入れ替わりの激しい場所でしたし、ICUに来た時点で助けようのない状態の方もたくさんいらっしゃるのだと思います。
しかし、そういった非常の事態にも来たのは看護婦さんだけだった・・・・病室を替えてからは医師も来たのだと思いますが父の目からはそのようにしか見えなかったことや、一緒の部屋に居た方々の訃報を次々と新聞で知ってしまうとうことは、なんとも心細かったに違いありません。

熱は上がっていますが、原因も菌であるということが突き止められ、更に調査が進みそうだということもありますし、今回、鬼原先生が処置してくださって全身麻酔から醒めるまでに、院長先生が2回も父に会いに来てくれたりというところなどにも、嬉しく思っているようで、現在は父の気持ちの中でも不安よりは希望が大きくなっているようにも思います。

この日の父のリハビリの様子は、これまで聞いていたベッドから車椅子へ移動するとかその程度しか話を聞いていなかったので、少々驚きました。
点滴を持って歩きながらではあるけれど、片道軽く10mほどは歩いたといいます。
母も、そういった様子は初めて見たようで驚いていました。

すっかりやることがなくて、ちょっとボケているようです。
ご飯に何を食べたかと聞くと、シュウマイで他には思い出せないといったそうです。
えびだったのか、カニだったのか、肉だったのかと聞くと、肉シュウマイだったと言います。
熱も最近は体温計が無いためにはかったり記録したりしていないため、随分のんびりしているようです。
メニューを確認してきた母は、肉シュウマイではなくカニシュウマイだったと言います。

熱は36度2程度で薬は使っているのかもしれませんが大分落ち着いたねと看護婦さんも言ってくれたそうです。

この日わたしは、ツタヤに出かけた際にバーゲン本の棚に「75周年記念2010年阪神タイガース写真集」を発見しました。
父は、大の阪神ファンなので、病室での退屈しのぎになるかと、購入しました。
定価2500円が20%オフで2000円でした。
父がいらないと言えば、amazonで売り払えばいいかと思い調べてみると、この写真集は現在中古本しかなくて、しかもタイガースの写真集といものは毎年発売されているわけではなさそうでした。
ICUから出たらまずはお祝いだと思っていたのですが、造花なんかを持って行ってもパッとしないし、何がいいかと悩んでいた矢先にいいものを発見しました。
一応、母に聞いてみると喜ぶのではないかということでした。
その後母は病室へと戻り、父に「ねこ(わたし)が阪神の写真集買って、いらなければ売るって言ってるよ」と言ったら、下向いて、何度かニヤッとしていたと言います。
母に、「要るとか要らないとかは言わないの?」と聞けば、
「言わなくてもわかるっしょっていう感じなんでしょ?アトムでも阪神グッズでも何でも集めている人だもの」
と言います。
よかった^^さんざん夫に「そんなの要らない、嬉しくないと思う。自分がワンピース(夫が好きな漫画です)の本貰ったときはぜんぜん嬉しくなかった」と言われていたので。

気が付けば、26~28日にお見舞いに行く予定なので、あと4日後には会える予定ではあるのです。
今まで2週間に一度訪問するという形なのに、随分時間がたつのが早く感じます。

そうそう、夫が1月6日から3月15日まで、勉強会のための出張が入ったので、その間行こうと思えば函館に怜と二人でいけます。
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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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