本日の病状と色々なこと  11月28日

この日の父は、車椅子に座ったり、ひげを剃ったり、歯を磨いたり・・・全部まだリハビリ段階だそうですが、少しずつできるようになってきたようです。
まだまだ立てないから、看護婦さんに足洗ってもらったり、足踏みして足の筋力を鍛えていたりもしたそうです。
それから、20分くらい座って、筋力を付けるトレーニングをしていたそうです。
車椅子から布団に移動して寝るときには、まだまだ体から悪い液を排出するための管と袋がついたままだけれどほとんど自分で移動して寝ることができたのですごかったと看護婦さんにほめられたようです。

水枕をしていたので暑いのかと聞くと、熱が37度台あるそうです。たくさんの管が刺さったままなので、とりわけ血液の値が悪くなくてもいたし方のないことかもしれません。

父の病状が少しばかりよくなってきたら、今度は家の色々な問題を話していかなくてはなりません。
懸念時効はなんといっても父の母である、わたしの祖母です。
相変わらず、実家の裏に一人で住んでいます。
冬の間、雪かきする人がいないのでどうするのかと、修叔父さんに相談したら、町の福祉施設であるシルバー包括支援センターへ相談すると、金銭的負担はあるものの、雪かきボランティアのサービスがあるということで、そちらを利用することにしたそうです。

わたしが昨日、母から父へ、祖母へのお金について、父のほかの兄弟二人に相談するように言っておかないとという話をしましたが、父はそれを聞くと、財産をもらっている以上うちが何も払わずに他の二人に全部負担をお願いするというわけにはいかないと言います。出来たとして3等分だそうです。出来たとしてということなので、出来ないということも考えられるというのでしょうか?わたしの感覚からしたら、自分の親なのだから、それくらいは最低なんとかしようとするものではないかと思いますが、よく分かりません。それとも、孫であるしかも父の子であるわたしたち兄弟が更に父母の祖母へ払えない分の負担もしなければならないのでしょうか??やっぱりそう考えると、他の祖母の子を差し置いて、さすがにそれは筋違いであるのではないかと思います。
一番気の毒なのは、母です。
今回もまた祖母の「誰誰に何をあげたら、どう良くしてもらえた。」とか「自分が一番一生懸命やっていたから、最後に誰誰からこんないいものを貰えた」とか、何をいいたいのか意味不明な話を聞かされ不意に母は祖母からなんて意地悪されても何も貰ったことなんてない、もっともそんなもの欲しいとなんて全然思わないけれど、なんて思ったらしいですが、直接本人に言うのもなんなので「忙しいから電話切るわ」で済ませたそうですが、いつも他人には色々あげているようだけれど、父母にはちっともで、何か父母がやってあげてもやってもらうのが当たり前という顔しているし、ちょっと父母だけで旅行へいくとそれが面白くないとあれこれ言ってくるし。
そりゃ、わたしの弟たちも帰ったときですら祖母に挨拶に行かなくなりますよ。わたしは、息子である祖母にとっての初曾孫がいるので、会わせてあげようと思うから行くけれども、そうでなければ行きません。

母は、たまに実家へと帰るものの、そのときなどは仕事に忙しく、終えたら病院へ直行という生活を送っていたので、いつも祖母に声もかけずにいたのですが(わたしが居るときは、大体わたしが対応していました。けれどもいよいよ忙しいときもあって、話をすぐに切り上げたこともあります。いや、本当にばたばたしていて忙しいのです。)、そのため函館から今回初めて母から祖母へと電話をしてみたのだそうです。
そして、修叔父さんから話聞いているだろうけれど、だいぶ良くなったと伝えたそうです。お金のことについても、なんとかしたい気持ちはあるけれど、こういう状況では渡すお金もないということを伝えると「貯金が40万ほどあるのでそれが無くなったらお終い。なんで長生きなんてするんだろうねぇ」なんて、いつものボヤキが始まったそうです。わたしが思うには自分の自由にしている祖母は、長生きしても人生楽しんでいて、決して不幸のど真ん中という生活でもないのですが、自分の息子が一大事だとそう感じるのかもしれません。
なので母は「早くしねばいいとか思わず、生きている間は全うしないと。生きたくても生きられない人もいるし、生きられる年数は決まっているから。」という話をしたのだそうです。
わたしが以前祖母宅で話をしたときにも「代わってやりたい、自分なんかが長生きしていても」なんてことを言いながら嘆いていたので、「自分が生きているから張り合いになっていいでしょ、くらいに思っているほうがいいんじゃない?」と言った覚えがあります。
要は、そう言いたい気持ちは分かるけれど、もう少し楽観的な言い方ができればいいのになぁ、自分の人生そのものまで悲観しなくたっていいじゃないかと思ってしまうのだけれど。まぁ、いつもこんな調子だから単なる口癖で、わたしが心配するほど悲観していないのかもしれないけれど。
母が聞いた、ここに祖母が一人で居座る理由は、薬が最高60日までしか出ないし、歯医者にも行かないと歯もガタガタだし、ここにいれば銭湯に行くと知らない人が背中流してくれたりするのに函館には知っている人もいないと言います。わたしが聞いた理由は、叔父さん宅では奥さんが看護婦さんのために夜勤などがあり夜落ち着けないし出かけることもやることもなくて病人になってしまうと言っていました。
何はともあれ、我慢できないことの言い訳だらけ、とにかく、独りでも構わないから自分の家に居たいみたいです。
祖母は、頼むから心配かけないでやって欲しいと母に言ったそうですが、独りで居ること自体が心配のタネだから無理なお願いです。こんなときくらい心配かけないようにして欲しいものです。

セコムの診断書を提出して、現在父はセコムのアルバイトを休職しているのですが、診断書にははっきりした退院予定は書かれていませんでした。めどがついていないので、書けなかったためです。
そこで、セコム担当者から1月くらいには退院できますよね?というお話があったので、母は「春には退院できるのではないかという一応の目安程度なんです」と説明すると、「えぇっ!?」という反応だったので、「ご迷惑ですよね。本人はやる気ではあるのですが、退院したからと言ってすぐすぐ体力が伴うかと言えばそうとは言い切れないし、誰か新しい方雇ってもらった方がいいかもしれないです」と言ったそうです。本社から臨時で社員の人たちがかわるがわる対応しているようなので、長くそうしてもらう訳にもいかないみたいです。現在そうであるかどうかは不明ですが、そういった社員の方は車中泊で日々の勤務に当っていたりもするのだそうですが、さすがに冬ですしそれではやりきれないはずなので、けれども人員のやりくりに苦労しているのは間違いなさそうです。
母からは父に「しょうがないよね?お金のほうは何とかつましくしていれば何とかなるだろうし、残りの人生ゆっくりやっていけばいいんじゃない?」と言うと、「そうだね」と言っていたそうです。

今日も父の話には、わたしが登場していました。
何やら神妙な夢を見たのだそうです。
父の夢の中で、わたしは父の主治医である岡先生に交渉?というかケンカ?をしていて
「この店100年続いていたのにどうしてくれるんだ!!」とわたしが凄んだといいます。
すると岡先生が「4200万でどうだ」みたいな示談金を提示すると、
わたしは「4200万じゃどうにもならない!!」と言うといいます。
岡先生が「じゃあどうすればいいんだ!?」と言っていたという夢を見たらしいです。
父が眠りから目覚めると目の前に岡先生が居たものだから、思わず父は先生に「よろしくお願いします」と握手を求めたと言います。

母はそれを聞いて、父にわたしのことを「父が元気なうちはいいけれどもしも何かあったときにはタダじゃおかない。カルテ洗いざらい見せてもらうって言っていた人だからねぇ。」と話たそうです。
父は慌てて「いま治療中だからそんなことされたらたまったもんじゃない」とおびえていたそうですが、「そんなのもちろん何かあったときはの話だから」と母も念押して言ってくれたそうです。
けれども、父がこんな夢を見てしまうほど、わたしのキャラは、そういった感じで固定されているようです。

実際、父が夢で見たような、これが万が一何かあったときの話で先生が4200万円の示談金を出してきたとしたら、やはり「4200万じゃどうにもならない!!」と言って、示談になど応じないと思います。
金で解決しようと思って、ちょっとお金持っているからってなんでもお金で済ませられると思っているのか!!小汚いヤツめ。そうじゃない、お宅が痛くもかゆくもないお金貰って喜ぶほど簡単なもんじゃない。せめて持っているであろうなけなしの名誉をもって償ってもらう、ということで、軽く示談などに応じない、これがこのときわたしが考えることです。
きっと、これまでのわたしの質問責めにあって、岡先生も何かのときにはわたしがどんな勢いでくるかくらいの危険性を、予想していると思います。

現状、ここまで回復しているので、そういった危険性は少なくなってはいるはずです。
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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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