スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ICUの最後の部屋?へ移動  11月27日

父は重症急性膵炎を患って、1ヶ月が経とうとしています。
今日は、部屋の移動が久々にありました。
移動した先は、母とわたしが病室へお見舞いへ行っていた頃、ここは一番調子のよさそうな人たちがいく部屋だろうねと言っていていた、一番奥の4人部屋です。そこは、他の部屋より隔離されていて、なのに部屋の中の人たちは比較的元気におしゃべりしているのを覗き見たから、そう思っていました。
ついに、父はその部屋へ今朝移動しました。

今度も窓際で左側のようです。
移動には、車椅子を使ったと聞きました。車椅子なんかに乗れるほどになったのかと、またここでも回復を伺う情報があって喜んだりしていました。立ち上がれたりはしないようですが、これもリハビリの一環なのでしょう。スリッパも用意するようにと、母は言われたそうです。
本当に寝たきり状態で、ベッドを起こすのにも他人にやってもらわないと起こせないタイプだったのが、こちらの部屋では自分でリモコンを使って起こせます。
環境的にも、ガラス張りの部屋ではなくなったので、夜は少しは暗くなって眠りやすいのではないかと思います。
前の部屋には13日間居たと言います。きっと次は一般病棟でしょうけれど、何日この部屋にいることになるのでしょう?
部屋の造りは前の部屋と一緒で、時計も同じ位置にあるのですが、隣が女性のためにカーテンをずっと閉め切っていて時計が見えないので、母は電波時計を買いに行くことにしました。

この日の父は、熱も余り無くて元気でした。
昨日は一気に増やして飲みすぎた流動食の性で、熱が出てしまったけれども、今日は量も先生のほうで減らしたことに加えて、父自身も慎重に飲んでいるそうです。

やはりまだ少し夢うつつなところが残っていて、わたしが本当に看護婦さんをやっていなかったのかが気になるようです。母は、千歳で小さい子どもいるのに、どうやって看護婦さんしてここにいるの?などと言っておいたそうです。

さて、ここにきても相変わらずの難題は、祖母の金銭面の援助に関してです。
これまで父母より毎月5万円を渡して、それに祖母の年金の25000円を加えて祖母は生活してきました。
母は、わたしには一生懸命「してあげたいけれども、手いっぱいだし、お金がとてもじゃないけれどかかって持たない」と言い続けます。なのに、知らない、こういう状況だから給料でないってことも分かっているでしょ、ほうっておこう、みたいなことも言います。
わたしは、それじゃあ後で悪く言われるのはこっちだから、きちんと修叔父さんなり容子叔母さんなりに話しないと駄目だと言いました。
すると母はふてっくされたように、「私は蚊帳の外他人なので私が言うとなんであんたが口出しするの!?という感じになる」とブツブツ言います。
わたしは「そうであるなら、父に言わせないと駄目だ。ほうっておいてこういう状況だから空気読んでなんとかせい、みたいなのが一番駄目だ。修叔父さん、また一週間くらいしたらきっと父に面会しに来るでしょ?そのときに父から言わせなきゃ。今こういう状況で金銭的に祖母の負担をできないから、修叔父さんと容子叔母さんとで話し合って、その結果どうするかを教えてと。」
母は、しきりに1万円くらいは負担しても仕方ないなどと言っているので、わたしは「そうじゃなくて、叔父叔母さんに相談させて、その結果を聞けばいい。1万円負担してくれって、言われたならそれから考えればいい話であって、こっちから提案する話じゃない。そもそも今まではうちだけで5万円全額払っているのだから」と。
母は、すると弟が大学に行く前は8万だった、それが55000円になり、今払えなくて5万になったといいました。それから、自分の親にお金ないから払わないって言えるかい?と言います。
「そうじゃない。払わないじゃない。これだけできると提案しろとも言っていない。」母はこれを聞いて意味が分かっていないようでした。
「こう言えばいい。弟が大学行く前は8万、その後5万5千円、それから払えなくてなんとか5万円を毎月渡していた。何とかやっていた状況だったけれど、今こういう状況になってしまって10月分だけは何とか渡せたけれど、それ以降がどうにもならないでいる。叔父さん叔母さんの二人で話し合って何とかしてくれないか。その話し合った結果、どうするのかも教えて欲しい」と。
その結果、仮に父に1万円払えというならそういう人間なのだとしか思えないです。少なくとも、こういう風に話をしない限り、全額祖母の金銭面の負担はうちの両親がするものと、自分たちの母親のことなのに叔父叔母たちは思っているのが、わたしには会話を又聞きしていて分かるのです。
でなければ、せっかく叔父のところへと同居させたにも関わらず、さっさと自宅へ帰ったり、帰したりしないわけだし、施設を探すとか、そんな簡単だけどお金のかかることで済ませようなんてしないはずですし。
だから、こういう風に言ってやって、初めて自分たちも少し金銭面で負担しなければならないと自覚してもらわなくては、うちの両親のためにも困るのです。
わたしは、こうも言いました。
「1万円負担するとかしないとか、勝手に自分で話を進めようとするから、話がうまく進まないし、不利な方向でしかまとまらない。そうじゃなくて、相手に話を預けてしまって、どうするのか考えさせればいい。その結果を聞いて、それ次第でまた検討すればいい。」と。
あ~あ、相変わらず、面倒くさい話だわ。けれども、この状況においてまで両親に最後に嫌な思いをしてほしくはないのです。
「きちんと話をしなくて嫌な思いをするのは、父母なんだから、きちんと話するんだよ」と言っておきました。

この話を電話で母にすると、そばで聞いていた弟が、「さすが、先々のことまでよく考えられる」と言っていたそうで、母も感心したと言います。
わたしにしてみると、ずっとどうしてそのことに関してそう相手に言っておかないんだ!?という疑問ばかりあって、どうして言おうとしないのか、気づかないのかがむしろ不思議なものですが、こういうのって普段の考え方のクセみたいなのが出るのかと思います。
もっともわたしの場合は、以前役所に勤めていたときに仕事をするにあたって、いつもどこに地雷があるか分からないような仕事ばかりだったので、常に色んな予測を立てて回避したり対策を打ちながら事当ることが必要だったこともあって、この手の思考は普通の人よりは働くのかもしれません。
実際、一般的に頭が良いといえるのは弟や母のほうであったりします。
考え方のクセから心の病になる人もいっぱいいるし、一度培ったものってなかなか抜けないものなんですね。
関連記事

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

AD
ようこそ!にゃんぺいのきまま館へ
AD
プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

カテゴリ
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。