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ドレーンを使って壊死組織を取り除く  11月15日

15日、この日、主治医の岡先生は協会病院の膵臓の専門家という先生と相談し、ドレーン○○?方式という方法を使って、膵臓下から脚の付け根ら辺まで毛細血管上に広がって点在している、壊死組織のような悪い物質を取り除くという処置を、17時ころから行ってくれることになっていました。

お昼頃に母からの電話では、炎症物質はほんの少しだけれど減少している、熱は38度2で、その高熱はたんぱく質が足りないことから輸血したためかもしれないとのことでした。輸血の性でかゆみもあったようですが、時間と共に少し収まりました。

この日の父の様子は、持っていってあげた手帳に時間などを記録しているからどこに時計があるかとかしっかり分かっているのかと思いきや、母に時計はどこにあるかとたずねました。
母は「ここにあるじゃない」と言うと、
父は「この時計、変だ」というので、
母は「どこが変なの?」と聞くと
「考えてみろ」というのだとか。
「頭悪いから考えてもわかんない」と母は答えたそうです。

それと、新聞を持ってきて欲しいと要求していたのに、いざ持っていくと要らないと言うのだとか。読むのが大変ならと、母は広げてあげたのですが、そのうち眼がしょぼしょぼしてきて眠そうだからと枕元においてきたといいます。

夕方、ドレーン式の処置が終わったら、岡先生から母へ電話があったそうで、わたしにも母は連絡してくれました。
3本入れた管のうち、2本は腹水に入って綺麗な水が出たのだけど、1本は膵臓下の悪い液が漏れているところにうまく入ったのです!!
岡先生は、「五分五分」としか今まで言いませんでしたが、協会病院の先生は「ここまでくればあと少しでよくなるね」と言ってくれたそうです。
夫が父が検査を受ける前から膵臓下から脚の付け根にかけて少し病んでいたといったのだということを言うので、前々から少しずつ漏れていて検査をきっかけにたくさん漏れ出してしまったのではないか、その場合、このように悪い水を抜けたからと言ってもまた徐々に溜まっていったりもするのではないかと思い、母に言うと、まずその父の発言に関してはICU症候群のために絶対的に記憶として正しいことを言っているとは限らないことと、数値が上がっていってはいないために今のところ抜くものを抜いてしまえばまずは落ち着くのではないかということと、退院後も定期健診があるから大丈夫ということでした。

まずは大きな山を二つ乗り越えたような感じでとてもほっとしました。
一つ目は、もちろんあの死亡率がダントツで高い時期、危篤と呼ばれた11月2日の、呼吸困難を伴うアナフラシキーショックです。
その後も原因がはっきりしないままに痛みが広がり、それでも臓器自体へのダメージで臓器不全になったりせずに、今回の壊死物質も臓器ではなく何かの組織であるということでしたが、壊死物質が取り除けないとなると、そこから感染症が起こる危険性が非常に高く、とても心配だったのが、快方へと向かい、その後の炎症物質もこれまではパッと下がらなかったのが、データが下がっているというので、良かったです。

明日にはもう少し楽になってくれているといいなと願うばかりです。

この日は父の病状に関してはいい知らせがあったのですが、どうも人間関係の方がうまくいかずにギスギスしています。
母は、前からうちの夫を煙たがっていましたが、今回も函館の弟宅へ泊まったときの様子から、更にキリキリとしてきました。

まず、弟のピアノを勝手に障ったということで、人の部屋で勝手にしているというのが良くないといいます。言われたわたしも、そう言われてみると弟は、わたしたちが小さい頃から物をとっても大事にする人で兄弟といえど気安く物を貸してくれるタイプではありませんでした。大人になってからは、そういうこともなく、比較的なんでも貸してくれますが、わたしもそういう人間だと良く知っているし、借りたものに対する扱いは慎重でした。夫がピアノを使い始めた時点で、わたしが気をつけて注意をすればよかったね、と母には言いました。
この件に関して、夫に確認すると、弟が仕事へ出かける際に、「うちにあるものは何でも使っていいから」と言ってくれたから使ったのだそうです。母にそのことを伝えると「社交辞令」だといいます。

泊まっていた3日間の間で、冷蔵庫の食器は落として割るし、テーブルの上の皿と味噌汁はこぼすし、という話もあったので、味噌汁は怜だったと思うのでわたしもこれから一層注意するということを言いました。

これから病院へ出かけるというときに、怜がおなかすいたと言うと、夫は一緒になって「何かないか」ということを母にそのまま言ったのだそうです。わたしも居合わせていましたが、確かにわたしと母は「これから病院へ行かないとないから、少し待って、病院へ着いてからだ」ということを言いましたが、母がイラッとしたのは、父親であれば子どもと一緒になってなにかちょうだいというのではなく、これからどうしなきゃないか状況を考えて少し待ちなさいと子どもを諭すくらい出来たっていいといいます。
言われてみると、まったくその通りだと思います。

夜に作った鍋についても、弟は聞いていてイラッとしたといいます。
鍋の野菜はわたしが全て切りました。魚はタラを買ったのですが、わたしのさばきを見かねて母がやってくれました。
夫が鍋はわたしがやったのかというので、母が「野菜はこの人、魚は母がやった」と言いました。夫に後で聞くとその部分を聞いていなかったというのですが、その次に言った一言はなんと「魚骨多いから入ってなくてよかった」です。わたしは「人がせっかく気を遣って入れているのに」と、むっとしながら言いました。
弟がイラッとするのも当然だと思います。
聞いていなかったとよく夫は言うけれど、それが多すぎて、しかも失言が多すぎて疲れます。
以前、夫は自分のことを営業ができるんじゃないかというようなことを言ったことがあるのですが、わたしは向いていないと言い、怒り気味にどうしてかと聞かれたことがありました。説明できなかったけれど「こういう部分が営業に向いていないんだよね」と、付け加えました。

さらには、帰る途中冷蔵庫のビールを2缶、持って帰っていいかというので、わたしもいつそんなものがあると知ったのかと思いながら、「飲まないしいいんじゃないの」と返事しました。帰宅後、持っていったということを一応お知らせすると、「何しに来てるの!?」と母は怒ってしまいました。何しにと言われるとわたしも夫がいないと怜を預けてICUに入ることもできないし、タイヤ交換間かもやってもらったしと言いましたが、それとこれは別だといって、母の怒りは収まりません。
別にいらないものだからいいんじゃないかとわたしも思ったものの、確かに、なんなんだろうこの時期にとはそのとき思いました。わたしはまだなれているというか、諦めているというかなのでいいのかも知れません。だからわたしもその場で注意できなかったのだけれど、母がうんざりする気持ちも分かります。
夫は父が帰宅して飲めないものがあったらと思ったといいますが、弟はそんなの気のまわしすぎだといいます。それもそうだと思います。

そして極めつけは、こればっかりは母の勝手な勘違いな上に弟たちに悪い印象を与えるという発言だったので、弟にも確認の電話をしました。
ICUの中に下の弟と一緒に夫が入ったときの話。父は先生の医療方針に納得ができず、手順書を用意しろ、母を呼べと言ってごねて聞かなかったとき、先生は「ICU症候群なので物事わからない状態だったりするし、話のすじもおかしかったりする」と言い、そうだよねとふったときに弟が同意してかわいそうだったと言いました。これは直接夫から母にも話ししています。筋がある程度通っていることも言っているのに、鼻からICU症候群だからと取り合わないということに関してかわいそうだと思ったのであって、父の容態をかわいそうだといったわけでもないのに、母が何やら弟に言ったときに弟もむっとしていたというのを聞いて、わたしは話がなんだか違う風に伝えられていると理解し、その場で母へそれはこういう意味だよと言ったのですが、伝わったかどうか。理解しない風でした。
これは弟に確認しなきゃいけないと思い、「こう言っていたはずなのだけど話を聞けば何やら違う風に伝わっているし、どうさ」と聞けば、その通りだといいます。
一応説明しましたが、毎度のことで面倒くさいし疲れます。
どうせわたしのこともよく思っていないんだろうし。本当に面倒くさいです。
夫に対する母の態度って、祖母に対するそれと似ているので、毎度どちらの間にも挟まって話を伝えなければいけないのが、本当に疲れます。

夫には、こういう状況なのでもう少し周りの状況を考えて行動と発言をして欲しいことと、それから人の家なんだから相手のものを自分に合わせようとするのではなくて、自分があわせてくれと言いました。そうであれば、テーブルが小さいからこっちにある大きなテーブルを出そうとか言い出さないし、冷蔵庫の皿が取り出しにくかったから落とした、なんて相手が悪いような言い方ばかりしないですから。
それに、わたしに対しても、危篤と呼ばれてから函館で過ごして自宅へ帰った翌日あたりに「なんかいつも疲れているよね」と不機嫌そうに言ったするのですから。そりゃ父が危篤で倒れたといわれて帰ってきた直後に、父の回復の兆しも見えない状況の中、元気な顔しているほうがおかしいじゃないのと、今頃になってだけれどやっとこのときとばかりに言わせてもらいました。
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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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