ICU2週間目の週末 11月11~13日

11日金曜日は、夫が夜勤明けなのでお休みです。
午前中にタイヤ交換をして、午後から実家経由で函館の弟宅へと向かいました。
この週末は、わたしは始終風邪を引いていたので面会は一切できません。

実家から持ってきて欲しいと言われていたものを集め、それから店の所用や転送漏れの郵便物をチェックするためです。案の定、転送漏れの郵便物はたくさんあるし、困ったものです。料金別納郵便ばかり入っているので、週明けにでも連絡することになりました。
それから、夫が以前行ったタイヤ交換の空気圧が違うかもしれないということで、確認したら違っていて、お客様のところへ直しに行きました。

そうしている間に母から「早く来ないと今日お見舞いに行けない!何をしている」と怒りの電話が来たので事情を説明するはめに。本日は弟が江差へと営業に行っているため、病院へ行く人がいないというのです。母は風邪のため面会ができないのですが、「だから弟が居ないといってるでしょ!!」といきなりキレ口調。そんなの聞いていないし。

けれども何とか終わって函館へ向かったが、弟の自宅がよく分からず・・・困っていると弟から電話があって、「病院なら分かるんでしょ?仕事早く終わったから直で向かうから。母には連絡しておく」と連絡がありました。母は車を持っているので、最初から病院で待ち合わせすればよかったのです。

なんとか30分ほどの面会時間を確保できました。
弟と、夫は、軽い雑談を交わしたようです。家族控え室では、母、怜、わたしが待っていました。
もう夜でおなかがすいてしまうので、怜には病院向のセブンイレブンでオムライスを買って、控え室で食べていました。

窓から見ても晴れているのに「雨がすごく降っていて大変だった」と父が言うので、弟は「そう?スバルのまわりは晴れていたけれど?」と言うと「違う、それはスバルじゃない。ツバルだ!」というのだそうです。南の島、好きだねぇ・・・。それに妙に言うことが冴えている。普段だったら、がんばってもつまらない親父ギャクしかいえないのに。

そして父は主治医の岡先生のことを、ひそかに「岡ちゃん」と呼んでいるのだが・・・これも恐らくICU症候群のせいかと思われます。普段は決してそんなことを言ったりしないのですから。
ちなみに父の世界の「岡ちゃん」には、子どもが3人いて結婚式があるのだとか。
ははぁ、今日聞いたことですら、ミックスされてしまうほど混沌としているのだと、わたしはすぐに分かりました。11日、この日は東京に住んでいる父の妹とその娘のうちの一人が一緒にお見舞いに来ていて、その娘は来春結婚するのです。恐らくその話を聞き、もはやミックスされてしまったのかと思います。

そして、アロエを貼るのを嫌がっているという話でしたが、これは恐らく医療用の粘着テープにかぶれたためと思っているけれど、それでもせっかく持ってきたアロエと、わたしが市販の腹巻を買ってきてきつくなくて蒸れないようなものをマジックテープ式で作ってみたものを拒否されては困ると思い、カメラで撮ったビデオレターで「南の島に行く準備なのでしっかりアロエ貼るように」と言いました。
それを見た父は、すっかりやる気になってくれたようです。まずは良かった。

父は、自分の手帳を持ってきて欲しいようです。
弟は母が大切に保管していることを伝えると、「それが一番危ないんだ」と言ったようです。
母はそれを聞いて気分を悪くして「どうしていつも何かの時には悪者になるんだ」と、ぶつぶつ言うので、「いつもガァガァうるさく言うからじゃないかい?」とわたしもついつい言ってしまいます。

面会時間をやや過ぎているのでどうしたのかと思えば、母が一週間まるまる会っていないせいか、はたまた、足の付け根に溜まった異物を取り除くための注射が痛くてたまらないせいか医師に「手順書で説明しろ、いつも行き当たりばったりの治療して。(わたしの母)を呼んで説明させてくれ」とごねていたそうです。
「医師はICU症候群だから、理論的じゃないこともたくさん言っている、そうですよね?」と下の弟に同意を求めてあっさり「はい、そうですね」と答えたのが夫は気に入らないと言っていました。

さんずの川を見たという話もしたようです。
白黒で、あたりには何も無く殺風景な場所だそうです。
そうこうしていると、なんだか呼び戻されるようなすごい力で、現世に戻ってきたのだそうです。


そうして翌日12日、この日は午後13時から先生が説明できるというので、お昼からでかけました。
この日は下の弟も札幌から来ていて、昨晩遅くに函館についたためにネットカフェで一晩明かしたようです。
上の弟は仕事を抜けられないので、珍しく不在。母、夫、下の弟、怜、わたしで、夫と弟のみ病室へ入れましたが、話は怜も連れて個室へと全員で入りました。

医師の説明に関しては炎症反応も白血球もそれほど下がらず高止まりのまま、それでもほんの少しづつ気持ち下がっているような状態だといいます。
胆石がまぎれてはいないかと質問すると、ありえないとのこと。
膵臓の管が傷ついて、そこから液が漏れると炎症が広がると、親戚の詳しい人が話していましたが、その可能性はないかと聞くと、ありえないわけではないが確かめる検査もできず、仮にそうだったとしても手の打ちようが無いのだそうです。
そこでわたしは医師にアロエに対してもう少し見方を深めてもらいたいという気持ちを含めて、膵炎の時には白血球が活性化して活性酸素をたくさん放出するらしいですが、その活性酸素を還元する物質がアロエにはたくさん入っていて、肌も浸透するので、マジックテープ式の腹巻で貼ってもいいかと聞きました。了解してくれました。

さて、面会を夫と弟に任せると、まず最初に手帳を渡すとしげしげと眺めていたそうです。どうやらここ1ヶ月ほどの記憶がないと言います。自分のメモも、イマイチ分からなかったりするようです。
大事に保管するのでということで、母のところへ持ち帰りました。

父が唇が乾くのでリップクリームが欲しいと言っているとのことでした。
ICUの中の個室へと移されて、テレビもあったので、母はテレビカードとイヤホンを売店で買いました。
その後ICUの家族控え室へ戻ると、今度はマスクが欲しいというので、わたしが60枚セットの使い捨てタイプのものを車に積んでいたので取りに戻りました。眠っていると、喉が渇くのだとか。薄いマスクだけど事足りるかなと思いながらも、持ってきてみました。
こうして下の弟経由で渡したのですが、これだけ薄くても呼吸が苦しいようで、返品されました。
看護婦さんのつけている医療用マスクに目を付けて、自分の着用したマスクと看護婦さんの着用しているマスクを交換しない?なんてことを言ったようです。普段だったら、こんなことも言わないので、笑ってしまいました。

怜にはあっていないはずなのに、怜がお見舞いに来てくれて4階まで行ったりあっちへ行ったり、しまいにはゲームセンターへ行ったりで大変だったと言います。
ゲームセンター??それは下の弟が割りと入り浸っている場所です。

病院はセコムを解除したりはしていないかと心配したようです。
自分がセコムの警備員をしている性なのでしょうか?解除したりしていないというと、それなら安心だといったようです。

ジェット機の整備士である夫が父に「元気になったらいくらでもお店の手伝いをさせてください」と言ったら、父は「よし分かった、そしたら店の前に張り紙しておいてくれ。ジェット機直せますって。」という。
なんて冴えているのでしょう!?こんなに冴えていることって、今までにはわたしの知る限りありません!!


11月13日、日曜日でこの日は午前中にお見舞いをして午後から実家経由で帰ります。
父が急性膵炎でICUに運ばれたのは11月1日。
わたしが母から連絡を受けたのは2日だったので、最初は2日だと思っていた。
けれども、あれから既に2週間経過するんですね。

ネットで見た闘病生活日記では、約1週間程度のICUで退院まで3ヶ月ほどかかっているし、膵炎で快方に向かう人の平均的な退院目安は半年以内とあったのもあり、来年の3月までは到底退院できそうにもありません。

そこでわたしは母に、お店の張り紙を「店主不在のためしばらく休業します」から「春まで休業します」へ変更することを提案しました。
実際、張り紙にも関わらず、店の前には電動自転車を鍵もつけずに放置していくお客様がいたりするのです。大抵の方は、一週間程度で帰ってくるものだと思ってしまうのでしょう。
わたしが母に「自転車の防犯登録から連絡先探して連絡した方が良いのでは?」と言っても、「張り紙しているし、なくなっても放置していく方が悪い!」と言って取り合ってくれないので、触ったことも無いような防犯登録台帳を探し、連絡することにしました。
14日月曜日に無事連絡が取れ、母にも報告しました。

こうした案件が今後も出る恐れがありますし、お客様としても長くかかるならと考えやすいものです。

早速張り紙を替えると、車の速度を遅くして見ていく方が何人かいたようです。

他に実家でやっていったことは、たくさんある植物に水をやること、セコムから預かっている鍵を受け渡すこと、不用品の返品、またまた入っている転送ミスの郵便物といったところでした。

この週末、わたしは風邪のため残念ながら一度も父に会えませんでした。
来週末は怜の尾誕生日でもあるし、元気に会いたいと思っています。
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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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