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台湾のこと、あれこれ

わたしと4才の息子、怜が台湾にいったのは、ちょうど東北大震災の前日までの5日間です。

夜は息子を両親に預けたりして、独りで町に出たりもした今回の旅でしたが、台湾について思ったこと、あれこれ色々あります。

まず、台湾の方って、親切ですね。
肩肘はらず、臆せず、フランクで。
わたしは海外へは過去に、アメリカ、韓国、ニュージーランドと、全て仕事の関係で行ってきましたが、それぞれの国の気質って、随所に感じられるものです。
ついでに言ってしまえば、アメリカはまさにフレンドリーという感じで、ノリがとってもいい方々が多いです。ペラペラペラペラと、すごい早い英語についていくのもやっとで、だけどわたしがひと言二言発するだけで、なんだかお祭り騒ぎになるという感じでした。
韓国は、中学生の派遣研修の引率で行って来たのですが、買い物するのには楽しい場所、だけど韓国の人って、ちょっと親しい雰囲気に打ち解けたかと思っても、ちょっとしたことで「日本」への対抗意識を持っていて、残念なことにすぐにキッとするんです。最近知ったのですが、韓国って半日意識が強くて、仮にレイプされたと韓国の警察へ日本女性が訴えても「おまえらが昔したことに比べればなんでもない」などと言って取り合ってくれないということを知っていて、わざと日本人を狙ったりもするので、女性だけでの旅行をして喫茶店で日本語しゃべっているだけでも危ないのだとか。
ニュージーランドは、歩いている人がすごく多くて、あと、韓国もそうですが太っている人が滅多にいないんです。しかし皆さんよく歩いています。聞けば健康にとても気を遣っていて、朝はサラダと果物がものすごく多い食卓です。英語は、イギリス系の英語で、どうも学校英語しか知らずアメリカ英語育ちのわたしにはなかなか理解するのにも大変な節がありました。これならまだアメリカのやたらと早い英語の方がマシという感じでした。慣れなのでしょうけどね。

で、本題の台湾。英語が通じる国なので、まずわたしは英語で話しかけるのですが、およそ3分の1くらいの割合で日本語も通じた覚えがあります。日本語が通じなければ、英語でOKです。そして、日本語も英語も通じない方が1割程度いるのかもしれないという感じでした。彼らには漢字で筆談しました。正確には、例えばわたしが「夜市」へ行きたくて方向を聞きたかったのですが、「夜市」を英語や日本語でなんと言えばいいか分からず、コンビニ店員に「夜市」と書いた紙を見せて、指差しで方角を聞いたという感じなので、実際は言葉の通じる割合も違うかもしれません。それでも、日本語しか出来ない日本人が移住しても、割と生活しやすい国なのではないかと思いました。
結構日本語がありふれているんです。コンビニの商品だって、日本語で書いてあるものが3分の1くらいあります。テレビ放送も、60局くらいあるようですが、台湾では日本のNHKも見れるようです。しかも無料。徴収員もさすがに海を渡っては来ないようです。台湾には根強い日本ファンがいて、こういったテレビを利用して日本語を勉強している方も多いようです。

なぜこれほど日本びいきなのでしょう?
今回の東北大震災のときの募金額だって、最終的には50億円を超えるらしいです。実は台湾の年収は日本のおよそ3分の1、物価もおよそ半~3分の1、北海道よりも小さい島で人口も日本よりずっと少ないのに、寄付金額を人口ひとり当たりに割ってみると、日本人のそれよりもはるかに多額を寄付してくれているのだそうです!!震災直後に台湾のテレビ局で大々的な募金の呼びかけを行ったり、驚異的な額を寄付してくれています。
台湾の方の中でも日本語が上手なのは、割と年配の方でした。日本人化と思うほど、ペラペラです。歴史的背景として、台湾は日本の植民地だったことがあることが関係しています。しかし、通常植民地といえば奴隷的政策を取り、戦争終結後にはお互い犬猿の仲だったりするものですが、台湾の方々は日本が台湾にしたことにおおむね感謝しているのです。日本が占領していた時代に、公衆衛生が整っていなかった台湾のトイレなどの整備をし、ダムを作り、さまざまな文化を導入してその時代の日本と同じように住みやすい国にしようとしたのです。その結果、犯罪などが激減し、夜間も施錠しないで暮らせるほど治安がよかったのです。こうして住みやすい国となった台湾に、たくさんの人たちが移住してきました。その後、中国が統治に入ると犯罪率が急増して窓に鉄格子をしなければ、犯罪者が2階の窓から入ってくるほどになってしまいました。今でもその名残は多く残っていて、鉄格子の窓は割りと普通にありました。
同じようなことが実は満州でも起こっていました。日本が整備し、撤退したあと、たくさんの人たちが満州へと移住したのです。
ところが、同じことをしていても国の受け止め方というのはそれぞれなもので、台湾は感謝しているけれど、中国韓国はいつまでも日本を骨の髄までむさぼろうとしているというのが現状です。日本政府も、いまだに中国などに対してただ平謝りです。確かに戦争の中では歴史的に許されないようなこともたくさん起こったのだということは事実としてあるのでしょうし、日本人は割りと残酷だったということもあるようです。
ただ、仮に台湾にフィリピンのように西欧諸国が植民地支配をしたのであれば、今のような発展は無かったと、日本に感謝しているのだということを聞きました。現に、台湾の鉄道や高層ビルの技術は、日本から持ってきているのだそうです。
けれども日本は、政治的には、どうあがいても仲良くしてくれない中国とどうしても仲良くしてもらおうとしたりしています。個人的にはお金だけ取られて、建設的な費用となっていないと思うんですけどね。
台湾と中国は、現在もお互いに牽制しあっている仲で、台湾も中国を怒らせないように、だけども上手に一国家であろうと角を立てずに付かず離れずの関係を保っています。中国は現在も台湾の独立を認めておらず、それに伴い中国向きの日本は同じく認めていないという姿勢をとっているのです。
香港がイギリスより中国へ返還されたのはまだ近い過去の話ですが、香港にはそれまでの活気がすっかり無くなってしまったようです。台湾はそんな香港を横目に、政治的になんとか一国を保つ努力をしているし、香港はそんな自由をいまだに持っている隣国台湾を妬ましく眺めているのだそうです。
台湾のことがよく分かって面白い「ゴーマニズム宣言台湾論 小林よしのり著 小学館」おススメです。もちろん、台湾の方にも反日の方だっていますが、今回の東北大震災の募金を通しても良く分かるように、多数が反日などではありませんし、台湾論では極端にいい風に書いているけれど、あながち間違いでもないようです。
ただ、ご飯が美味しいという話も台湾論に出てきますし他のメディアでも割といわれますが、個人的な感想としては台湾庶民のご飯はあまりおいしくはないと思います。台湾人は朝から外食で共働きという家庭が多く、歩けば食堂だらけなのですが、高級レストラン以外は微妙です。

話は長くなりましたが、こうした歴史的背景があって、台湾は日本に対してとても親切だったりします。
日本人が単独で歩いていても、欧米ほど目立たないので、独りで歩いていても簡単には狙われないのではないかという、ちょっとした安心感もありました。

台湾は、儒教とキリスト教を信心する方が多い国です。特に部落のような場所では。なので、山間の道を行くと、十字架のお墓がたくさんあったりします。儒教とキリスト教といえば、韓国もそんな感じだった覚えがあります。
それから、台湾は「石」に対しても信心深いです。翡翠などが有名で、身につけることでご利益があるようで、男性でも翡翠の指輪をたくさんしていたりもします。

台湾は日本に負けない学歴社会だったりもします。塾に子どもが通うのは当たり前なのですが、日本と違うのは、お母さんも一緒に塾で講義を聞き、子どもが分からなかったことを子どもに教えるのだとか。まだまだ日本は甘かった!?で、彼らの進学先は、優秀であればアメリカなどにも当然留学するようです。で、日本の半端な学生などより、よほど優秀だったりもするようです。
学生としては優秀な子たちをたくさん排出する台湾なのですが、そういった子たちが社会人となったとき、独創的な会社を創りあげていくことができるかといえば、そうでもないようです。一応、台湾でも家電関連のメーカーを作ってみたりもしたのだそうですが、日本のソニーや日立のように確立した成功を得ることがどうもイマイチのようです。そして、台湾の電気産業はいまだに下請けが基本になってしまうのだとか。やはり、学校の勉強ができるのと、こうした発想力というのは、必ずしも比例していないようです。むしろ、反比例する節もあるかもしれません。
そうそう、韓国も学歴社会でした。彼らの目標は、打倒日本です。日本に負けないようにという意識で勉強するのだそうです。それだから、交流に行ってもなんだか敵対心むき出しなわけです。

あ~台湾、ニュージーランドも良かったけれど、今まで行った4カ国で一番良かった。また行きたいです♪♪
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テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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