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創業100年の有限会社を継ぐことに

うちの実家は、前にもブログで紹介しましたが、今年2011年で創業100周年の老舗です。

自転車・自動車販売修理業を行っている、個人商店のお店です。
他には、レンタカー、保険、ヤマト宅急便取扱い、ストーブ、船、などを取扱っています。
地元では、一番古い自転車屋ということになります。

そんなお店ですが、裏には90歳を超える祖母がすんでいます。
店の2階に、我が両親はすんでいます。
わたしには弟2人がいるのですが、二人とも自立していて、それぞれコンピュータープログラミングと、車のセールスをしていますが、実家を継ぐ様子がありません。
裏の祖母は、誰か店を継がないのか、ご先祖様から継いだ店を潰すのは忍びないと、毎度の口癖のように言っていますが、母はサラリーマンのほうが自営業よりも裕福だと考えているようで、店を継がせたいとは考えていないようで、「やりたくなければ継がなくていい」が、祖母に対抗した口癖のように、聞かされていました。

そんな中、わたしってなんだかずっと蚊帳の外。
男じゃないからかな?しかも結婚しているし。誰もわたしに継げとも継ぐなとも言わないんだから。
最も、言われたって困るというか、スルーしていたわ。思い出したけど、地元で働いていた3年間は、町の人たちに誰が継ぐとか、あんた継がないのかとか、よく言われていました。

実は、今は少し考えが変わっていて、誰も継がないのならわたしがその会社、頂いてしまおうと思ったのです。
で、この夏に息子を連れて1週間ほど実家に帰っている間に、両親に言おうと決心して、8月15~21日まで、実家へと行ってました。

わたしは今、輸入したものをヤフオクで売っています。
まだ個人事業というにも小さなもの。おまけに体調も悪いから、なかなか進まないもんです。
けれど、いつまでも輸入だけしているつもりはない。
これから輸出もするつもり。
実は、単にお金儲けのことだけを考えて始めたわけでもなく、昔からのわたしのやってみたいことの一つが、輸出入に関係する仕事で、わたしが初めて就職した会社も、小さいながら商社で輸入をしていたり、北海道に初めてパプリカの栽培を導入した会社で、わたしが当時手がけていたりもしたのです。折り合い合わずに半年で辞めてしまったものの、入社当時はバリバリ仕事して個人的な独立部門も将来的には持ってもいいと社長に言われてその気になっていたりもしました。

わたしは、年の初めに1年の目標みたいなものをいろいろとノートに書くのだけど、2年ほど前に何気に目標のひとつに「海外と関わる仕事をする」と書いていて、いつの間にかに始めていました。
正直、そのときは子どもがまだ小さくて、家に繋がれているのにどうして輸入などに関係することができるものかと、書いてみたもののそう思っていました。
小さな目標としては、毎年ノートに書くような「海外と関わる仕事をする」とか「毎月新しい料理を3品上手に作れるメニューを増やす」、「字をきれいに書く」、「運動を続けて体力づくりをする」なんて、どうでもいいようなものが並んでいたりもするのだけど、地球規模で地球の平和や環境保全に役に立つことを何か起業して活動していくことで、その道が開けるのではないかと思っていたりもするし、それはわたしの人生のテーマの一つでもあると思っていて、育児や仕事、地域の活動など、ありとあらゆるものを通じて実現していけると信じています。今はそれほど繋がりは目に見えないけれど、頭の片隅にあると、いつかは見えてくるような気がするのです。
それに、自分で誰かの役に立つ物、喜んでもらえるものを作りたいと思ってもいます。何かを創造してみたいです。前は自分で一から十までやらないと気がすまない節もあったけれど、今は少し違っていて、アイディアは自分自身のものだけど、作成までは全て外注でもいいと思っています。ここには書かないけれど、何点か頭の中で温めているアイディアもあります。もちろん、家族のために体に良い食事を毎日考えて作るのも楽しいのだけれど、世に広く受け入れられるものも、作れるような気がしている。
それらの基礎やビジネスの基本、それから創業資金構築のために、現在ヤフオクなどをして小金を稼いでいます。

そして、一歩踏み出して家業を継ごうと思いました。
正確には、家業はあまり継がないけれど、有限会社を継ぎます。
わたしには自転車の修理もできなければ、車に関しては恐ろしいほどに知識が乏しいので、「そのうち店を閉めることになったらその前にわたしに会社をちょうだい♪」と言われた両親は、一瞬止まっていました。
会社の定款などの登記を変えてしまえば、業種が違うものでも会社の商売とすることができるんですから。
母は、「それじゃ裏のばあちゃんが納得しない」というので、わたしは「自転車の部品を輸出するから、仕入れのルート教えて。修理なんかはできないけれど、自転車の部品売っていれば、現代の商売に形は変わったとしても自転車屋を継いでいることになるよ」と言いました。
そもそも、割と日本の自転車の部品は海外にもマニアがいて、結構な需要があることを知ってから、不意に実家の有限会社をもらってもいいんじゃないかという発想が生まれました。
いつになるかわからないとは言われたものの、別に今すぐなんてもらってもこっちも困るわけで・・・(節税、帳簿、税金、有限会社についてなどなど、勉強しないとわからないことばかりだし。それに、現在若干の借金があるのは確実なので、その処理若しくは新たに会社を作ったほうがやはり良いのかもしれないなど、一応いろいろ考えている)。
父が65歳、母が63歳で両親共にもいいよと言ってくれたので、おおむね2~5年後なのかと思っていたりはするのだけれど。

これって、裏に住む祖母に報告してあげたら、店を潰すという心配をなくしてあげられるのではないかと思うのだけど、母に止められたので、今回はひとまずこれで話を終わることにしました。
昔から、あまりおねだりもしないで生きてきたと思うけれど、大人になってからずいぶん大きなものをおねだりしたように思う。それなのに予想よりもあっさりと即答で「OK」の返事がすぐ聞けたものには驚いたけど、両親は妙なことを言われて少し混乱しているのだと思います。
まぁ、いらなくなったらと言ったので、安心してくれたのかもしれないけれど、後で撤回されたりもするんだろうか。それか、お金の面でどうしようもないことが分かれば、わたしのほうから願い下げになってしまうかもしれないし(恐らく、その辺は大丈夫だとは踏んでいるのだけど)。

95歳も目前の祖母ですが、元気なのでそれほど急がなくても、このことをお知らせすることはできるのではないかと思っています。だけど昔の人なので、この場所でこの仕事内容で営業していないと駄目だとか、今いるお客様やご先祖に申し訳ないとか言い出すかもしれないとも、思ったりもしてるので、この辺はゆっくりでもいいかと思っています。ことを荒立てて、この話がなくなるのも微妙だし。
けれどできることなら、もし祖母にも喜んでもらえるのであれば、お知らせしたいものです。

夫は、自分が自転車屋を継ごうか?などと言い出しています。
うちの実家に転がり込むこと自体、うまくいかないと思うのだけどなぁ。
それに、今気象予報士の試験受けていてまさにあと1週間ほどで試験というときで、試験に受かったら転職する気でいるのに、一体どうしたいんだろうと、疑問に感じる。これって冗談でしょ?って思っていたのに、割と本人は今の仕事も整備士であるから、自転車もできるようになるといいます。
そりゃ、できるそうだろうし、わたしだって2年もびっちりやれば自転車のちょっとした修理くらいはできるようになると思うけど。営業、接客どうする気なんだろう。本人は自信を持っているようだけれどもねぇ。
わたしは、結婚して社宅に住むようになって5年ですが、今ではざっと50人ほどのママ友と割りとうまく付き合っていってると思うけれど、地元では経験的にどうもうまく人付き合いしていける気がまるでしません。気象予報士の試験に今回落ちたら、強く言い出すのでしょうか!?予報士の一次試験免除は今回が最終だけど、どうなることか見守っているばかりです。
こんなんじゃ受かる試験も落ちてしまうから、生易しいものじゃないことを淡々と説明してはおきました。
わたしはここ千歳が気に入っているので、できれば転勤もしたくないくらいなのですが、こればかりは自分ひとりではどうにもなりません。

さて何からはじめようかと考えてみたけれど、とりあえず手短なところから。
まずは帳簿から勉強を始めてみました。
帳簿って、昔仕事関係で何度かかじったことがあるけれど、どうもしっくりこないんです。
平たく言うと、苦手なんだと思います。
ずっと避けて通って行きたい分野だけれど、これができないことにはどうしようもないし。
だけど、そう目標が定まってから、案外1冊簡単に読めてしまったし、頭にも入ってきました。
これからも少しずつ、勉強していくのが楽しみです♪
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テーマ : 起業・独立への道
ジャンル : ビジネス

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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