孤独であることの条件

孤独であること、孤独な人、ニュースなどでは老人の孤独死などが報じられ、そのように独りであることがあたかも悪いことのように言われたりもしていますが、わたしの身の回りには孤独をこよなく愛するひとたちも少なくはないのです。そんな彼らだって、完全にひとりではないし、結婚しているひともいる。むしろ結婚することにより、そのほかの社会的な関わりから積極的に孤立しようと試みているひともいるほどです。孤独を好む人にとって独身を貫くことは、余りにも無益な戦いがおおいため、社会からの隔絶された安全地帯という意味でも、孤独を好む人ほど案外結婚生活にメリットがあったりもするものです。

わたしは一人でいることも平気なほうだし、中・高校生のときの5年ほどはほんとうに誰ともかかわりたくないと本気で思っていて、現在交友関係がある中学時代からの友人ですら、そのときは話もしなかったほどです。今後人と関わらないように生きていくためにはどうすればいいかと真剣に人生設計を考えていたこともあるほどですが、高校生活も終わりになる頃には少し方向転換し始めました。

さて、孤独の条件とは、どういうものでしょう。次の2点はいかがでしょう。

1、他人とうまくやっていけないこと。他人の一人ひとりが嫌いなわけではないが、他人と一緒にいても自由に心を開くことができず、楽しめない。そして、とにかくくたびれる。すぐに独りになりたいと思ってしまう。つまり「人嫌い」である。

2、自分が真に不幸であったこと、あるいは現在もそうであること。しかも、その不幸は社会を改良すれば、あるいは環境を変えれば解消してしまうような類の不幸ではなく、自身のうちに深く巣くっているような不幸であること。あえて言い切ってしまえば「自分が嫌い」であるという、不幸であること。



人間嫌いな人とは、自分が嫌いなのです。他人と一緒にいると、他人の虚栄心や傲慢や卑劣さ狡さもごまかしも全て見通せてしまうのです。それを見てしまうことが、いやでいやでたまらないのです。だけど、それにも増していやなのは、たえず警戒して、虚栄心に翻弄され、高慢で、しかも小心翼々としていて、ずるく陰険な自分なのです。こうして、他人と一緒にいたあとで、楽しいことはほとんどないのです。反省すべきことが山のようによみがえってきて冷や汗が出るのです。つまりは、自分を含めた人間が嫌いなのです。これは、ここまできてしまうともう仕方がないことなのです。人間の醜さがことごとく見えてしまうのは、それだけ敏感ということなのだから。そして、そうではない人間は鈍感なだけなのです。

一見、「自虐」とか「マゾヒズム」というものを感じさせるのかもしれませんが、そんなことではなく、自分が嫌いであるがゆえに好きであるという、パラドックスを含むマイナスのナルシスなのです。なぜかって、自分はどうしてこんなに苦しいのかと考えながらも、生きにくさの原因をこんしんの力を込めて探そうとするのですが、それは自分が幸福になるためでも、不幸から抜け出るためでもなく、「私自身」を確認しているたの作業を日々しているのであって、その際に人との関わりがあったとしてもそれは、たえずその作業を推進めるための手段にすぎず、究極に自分に関心が向いている状態、しかもマイナスの状態だかです。

こういった人は、自分を変えなくても構わないのです。ただ、社会的にはやりにくいし、排除されるものです。それを、当人たちは自覚しているので、自分から周りが嫌いだと自ら先手を打ったり(つまりは、孤独は自分が選択したのだと主張することにより、社会的排除に対する予防線を張る)、そう付き合いが苦にならない人で孤独を理解できる相手に対しては、自分にとって限りなく欺瞞的ではない方法でつかず離れずの関係保つという形で浅はかでも人間関係を保つこともあります。そして、それが出来ないひとたちは、社会から離れるのです。その上でも豊かに生きられる道は、探すこともできるはずなのだから。

孤独を磨き上げていくということは、「死」だけが見えるようになるということです。それは、自分の不幸を徹底的に実感することなのです。しかし、もし孤独に死ぬことは恐ろしいと躊躇するようであれば、人々に囲まれて安心して死ぬほうがいい。案外、そういう人には孤独は似合わないものだったりもするのです。



わたしは、幼稚園のころには「死」を意識して、自分が死ぬことや母親が死んでしまうことがいつかはおとずれるということが、怖くて「死」のことについて考えて毎晩泣いて泣いて、いつまでも眠れませんでした。その頃からなのでしょうか、わたしが基本的に寝つきが悪いのは。

高校生活の後半には、天文同好会に入っていました。受験があるからと普通は3年生のときには部活動などしていないものですが、お気楽な会であったし、人数がすくないということもあって、結構居座っていた覚えがあります。昼間の学校は人が多すぎて嫌いだけれど、夜の校舎は好きでした。親には、夜ふらふらと出て歩いて!と叱られましたが、これが職務なので公然と出て行きます。なんと不埒な娘でしょう。しかし、何も後ろめたいことではないのですから。星座なんかはさっぱり覚えないたちでしたが、夜空を眺めていると、不思議と「死」への不安がやわらぐのです。あぁ、いつかはみんな宇宙へ帰っていくのだと。いつかは地球だって太陽に飲み込まれてしまうのに、宇宙は人間という生き物を作って何を実験しているのかなと考えるのです。望遠鏡で見た土星は美しかった。単純に何かを美しいと感じられる瞬間というのが、まだ自分に残されていたということがまた愛おしかったのです。

結婚したのも、一応幸せののちに結婚しているつもりです。しかしわたしは思うのです。よく彼はわたしみたいな難しいタイプを相手にしてくれているものだと。事実、激しくケンカすることなどはしませんが、わたしは言葉や行動の節々を捕まえて、真意を確認せずにはいられないという、どうしようもない癖があります。そのことが彼を怒らせることは、だいたい想像がついているのですが、どうしても確認しておかないと、不安でしかたないのです。これでも、結婚してからというもの、わたしの情緒は安定しているし、夫にそういうことをすることも滅多になくなりました。基本的にはしあわせと思える生活をしているのです。



孤独を愛する人たちは、わたしの周りに多くいます。わたしは、今では独りはさびしいと思えるようになったものの、わたし自身が孤独を愛するので、男女問わずにこのような友人たちが大好きです。本当の孤独を確立するためにも、孤独を愛する人たちは極めて身近な存在で、確かなものであるからかもしれません。ただ、時々ひどくつらく感じることがあります。彼らとの付き合いは、わたしの全てを見通されていたり、ときには極端にはっきりと誤解もされるものだったり、理解は出来てもなかなか納得できないものだったりするからです。「こいつはそういうやつだ」という決めつけが前提にある場合には特に、彼らの目には、どんなことよりもそれが真実であり、根拠となりそうなものを引っ張ってきては自分の正当性を主張するためだけの材料としてしまうからです。彼らの多くは、自分の判断力に揺るぎない自信を持っているひとが多いのも、その一因を買っています。


それでもわたしが、彼らのようなひとたちとの付き合いが好きなのは、彼らが本物を求めている、ということに尽きるかもしれません。お金は裏切らないというあえて単純で簡単で当たり前のことを言い放つことの裏に潜むどうしようもないほどに憧れている本物の愛、社会に出たら人を信用するなとわざわざわたしに教えてくれた元バイト先の社長の真意、世の中金が全てといい続けてやまなかった美人のお金持ちじゃない中年男性との結婚、自分はずるいと宣言してしまうことが本当にずるいということに気づいていながらそうしている人、10日間ご飯を食べれないときにおごってもらっていた人たちとの関係も昔の友達との関係もほぼ全員あっさり切ってしまったと言い切るけれど周囲からの人気は高かったりするひと、彼らの孤独さ、さびしくないと言いながら心に言いようのないものを秘めていること、もちろん彼らの何もかもがわかりきれるわけではないし、相手はどう思っているか知りませんが、わたしにとっては彼らとの付き合いは最も楽しいしやめられない付き合いのひとつなのです。それはまた、彼らを通じて、わたしの中にあるものを一つ一つ確認しているということなのかもしれません。
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 結婚・家庭生活

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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