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人を呪うひと

わたしの古くからの友人に、実質上離婚している女性がいます。
彼女は、自ら旦那と子どもを置いて実家へと戻って、自分の周辺が落ち着いたら子どもを引き取りに行こうと考えていたのですが、子どもを引き取ろうとしたときには旦那さんの実家により阻止されてしまい、現在は自分のお姉さん夫婦と生活をともにしています。

そんな彼女から、あるときメールが届きました。
「元旦那の両親が憎い、呪い殺すことにした」
なんと、過激な発言でしょう。わたしは驚きおののきましたが、なるべく冷静に彼女へ返信しました。
「そうなんだ。で、いつまでに殺せるの?」
「夏までには。以前勤めていた飲み屋の嫌な客を呪い殺したことがあるから、できるよ。」
「そりゃすごい。実現できたときには是非教えてちょうだい。だけど、本当にそれでいいの?ご両親が死ねば本当に全て解決する?あなたは満足?わたしの知り合いに、憎い人の子どもを呪い殺したと思い込んで人がいて、今でも病院に入院しているけど・・・結局、病気になるのってその人自身の気の持ち方、あり方が大いに関係するものだし、そういうことを考えていること自体、知らないうちに自分が病んでいくのだと思うけど?」現に彼女はうつ病とナルコレプシーを併発している。
「やっぱり止めた方がいいかな?」
「あなたの辛さが分からないわけじゃないよ。そうすることで本当に自分が納得できるなら、大いにやればいいと思う。だけど、結局人を呪うことで誰が一番苦しむかといったら、自分自身じゃないかな。仮に実現したとして、気分が良いこと?彼女と同じく、入院は覚悟したほうがいいかもしれないよ?もともとあなたは悪いやつじゃなとわたしは信じているし、現状に負けないでがんばって欲しいものだけれど。」
「やっぱりやめることにする。ありがとう」

こんなメールのやり取りをしました。
彼女とは小学生の頃からの付き合いで、ことあるごとに、そう、高校生のときでもケンカをよくしてきた仲です。
思い込みの激しさは天下一品と思いながらも、どこか憎めないひとで、今では会うたびに暗い話ばかりしかしないのだけれど見守っていたいと思えるようなひとなのですが、さすがに呪い殺したいという話を聞いたときにはショックでした。
悲しみと怒りをもてあましているというがよくわかる。
それに、どうしようもなく孤独なんだということが。
だから、せめて少しだけでも心に光がさせばとは思うのだけれど、彼女は頑なに過去にとらわわれつづけてしまうのです。
もう自分の幸せを考えて旦那と子どもとの関係は少し手放して考えるようにしたらと言っても、男の人と関係を持つのも旦那一人だけでいい、子どももひとりだけでいいと言って、執着してしまうのです。現代日本人女性としては彼女自身の母を反面教師にしていると言っているだけのことがあり、随分と硬派なのですが、自分から家を出て行ってしまい、相手の気持ちも離れてしまったことなので、もうどうしようもないことのはずなのです。

わたしは、どういう宿命か、精神を病む人々に出会う機会が非常に多かったので思うのですが、うつ病は風邪のようなもので誰でもなる可能性があるとは聞くものの、精神病にかかる人のほとんどが、「とらわれ」の念が非常に強いと感じています。それは、他人を犠牲にしてでもどうしてもその「とらわれ」を実現したいと思うようなものであったり、周りもしくは自分が悪いと責め続けるものであったり、さまざまではありますが、簡単に一言でいうと「とらわれ」という言葉がぴったりなのです。

こんなに周囲に精神を病む人が多いので、わたし自身も人事ではないと感じています。実際、わたしも紙一重と自分で思う節があります。
実際わたしも「とらわれ」やすいほうなのです。そんなわたしが、「とらわれ」の状況を変える方法を提案します。
例えば、ここに記したわたしの古くからの友人のような状況に対してのアドバイスは、人のことを心から怨んだときには、その人を許すことです。最初は、ずいぶんと上から目線だと思いますが「あなたのせいで私はひどい目にあった。だけど私は寛大だから許してあげる」といったようなものでもかまわないのです。人間なので、人のことを許すといってもどうしても許せないような難しいこともあるかもしれないですが、この程度の考え方なら、欺瞞的ではありますが自分に負担少なく思うことができるものです。次に、時間をかけて、その暗い出来事を、愛を持って祝福し、手放していくと心に決めるのです。それは、自分の周りに空間をつくることなのです。そして、心はまだ穏やかにならずとも、表面的だけでもじっくりと相手と向き合う努力をするのです。場合によっては直接本人とかかわらなくてもいいし、本人と友人関係を築くのもよいです。そうして時間が経っていくと、決して相手だけが悪かったわけではないことも理解できるようになってきたり、はたまた、相手は非常に人間としてかわいそうなならず者であるということに気付いたりもするわけです。これが怨念に目を曇らせていると、いつまでたっても自分は牢屋の中から出られないのです。うまくいけば、そんな相手とも欺瞞は多少あるかもしれませんが、深くはなくとも友人関係を築くことができますし、何より、自分の心の窓に風を取り入れることができるのです。わたしにはそんな関係の相手が2人ほどいます。
時には経験的に人間は自分に不利益ばかりもたらす信用できない存在だと学んでいったり、生きていることに希望を失うこともあるとは思います。しかし、そう強く感じてしまうということは、本当に信頼しあったり愛し合える本物の関係を人一倍望んでいるということ。だからこそ、いつまでも心を痛めていていて自分ばかりを傷つけていないで、望む場所にたどり着けるようにしなければならないのです。傷ついた自分を素直に受け入れて、とらわれの思念を開放し、あらたな生活の基盤作りに取り組むことができれば、また実りのある日々がやってくるものです。病気とは、とらわれそのものを具現化したようなものです。
体の病気の多くは特定の食べ物の食べすぎからなります。同じく心の病気の多くは特定のとらわれの感情が多すぎてなるのです。



季節は過ぎて、もう冬です。そのことに関する報告は彼女から入らないので、だいじには至らなかったようで、なによりではあります。

呪いたくなってしまうほど辛いという気持ちも、簡単に自分の気持ちの持ち方をかえるというわけにもいかないことも良く分かるので、思いとどまってくれたということだけで、まずは良かったと思っています。なので、あえてこのことを直接本人に言ったりはしていないけれども、彼女には早く、部屋に、家に、人間関係に新鮮な空気を入れるとおもしろいことが起こるということに気づくこと、また、もしこのブログを読んでくれていたら、怒らずに読んでくれていることを期待しています。

彼女とは、今実家に来ている間に一度会う予定ではいるけれど、そのときどういう風に関わり合いを持とうかと、わたしはいつも真剣に考えているし、助けを求められる限りは、自分のできる範囲のことはしてあげたいと思っているのです。
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テーマ : 出来事
ジャンル : 結婚・家庭生活

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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