学校給食ではなく、お弁当を持参することに決めました

この春、小学校に入学する予定の息子怜。
わたしは、3月に出産の予定。学校のことは早く準備してしまわなければなりません。

怜と二人で、最近は元小学校教諭の方と、その息子さんお二人、そしてこれから怜が通うことになる小学校の現役小学校教諭の旦那さんに仲良くしていただいていることで、学校給食ではなくてお弁当にする、という選択をえらぶきっかけをいただきました。

この校区に引っ越してきたのは去年10月、急遽中古物件を購入し、引越を決めたからでした。
そして、唯一同じ幼稚園出身だったのは、一年上の、こちらの小学校の先生のお宅の子でした。
ママさんとは、幼稚園の読み聞かせのサークルで少しだけ一緒でした。引越のお知らせメールをすると、なんとも色々と申し訳ないほどによくしてくださりました。主に学校の準備のこととか、スケートのこととか、事細かに教えてくれます。息子さんたちもとても良い子たちで、いつも怜と仲良くしてくれます。

そんな中、「小学校に入るにあたって心配事は?」と聞かれて、何もないと答えたのですが、翌日になって、「そういえば給食のことが心配だった」という話をしました。

怜は、アレルギー検査をしても何もでません。
わたしも同じような体質で、というか、不幸にもわたしのような体質を受け継いでしまったのでしょうが、同じく出ません。金属アレルギーは、はっきりと跡が残ったほどですが、通常と違った反応の仕方のためか、アレルギーとは診断されませんでした。

怜の場合は、食べると苦しくなったり、お腹が痛くなったり、鼻の下が真っ赤になったり唇が腫れ上がるものがあります。
それは、ただの好き嫌いではなくて、大好きなものを食べてもそうなりますし、かなり多くのものでそうなります。許容量もあるようで、前日に食べて美味しかったから今日も食べてみると、苦しくなって食べられないというものもあります。これは最近、市販のお湯を入れるだけのコーンスープで経験しましたが、他にも菓子パンのようなものも食べられなくなりました。
今のところはっきりと分かっているのは、主に色んな添加物のためにそうなるということです。では何の添加物がかと言われると、よくわからないのです。
分かりやすいのは、鼻の下が真っ赤になるのは主に合成着色料、唇が腫れたのはいちじくだったということくらいです。
それから、お酒、みりんを加えた料理は、かなり沸騰させてもダメだということがわかりました。
わかってからは煮物も、炊き込みご飯も、それらを加えません。
11月に赤峰勝人さんという百姓(本人が農業というのを嫌っているので)の方に講演をしていただいたのですが、そのときにされていたお話には、お酒も添加物だらけで、添加物が入っていないお酒はかなり探すのが難しいということも聞くことができました。
怜の場合、小麦に関しても若干あるようです。それがただの好き嫌いだけの場合もあるようなのですが、そうでないときもあるようなので、「これをただの好き嫌いなのにお腹痛いとか苦しいとか言うのは、重大なウソになるよ」と、何度も説明して正直に言うようにさせています。

こうしてダメなものをなるべく排除するようにしていっても、外食をしてもお腹痛いとか苦しいというようになりました。排除したから、そうなのかもしれません。その辺は良く分かりません。
けれども、95%の野菜、お米を無農薬有機もしくは無肥料に徹底して、水も調理飲用ともに地下水を汲んできて使って半年が過ぎました(もちろんそれ以前も野菜を徐々に変えていってます)が、最近全く風邪も引かないのです。
義父母に言わせると、「怜が大きくなったから」と言いますが、わたしも引かないのです。
わたしはというと、幼い頃から風邪を引くと一週間寝込むような子でした。それは大きくなったらよくなるのかと思っていたら、32歳のころには体調不良のマックスを迎え、一週間寝込むどころではすまなくなっていました。2ヶ月に一度は風邪を引いていたわたしが、冬を迎えても全く風邪を引く気がしないのですから、本当に驚きです。
水道水をやめてからは、怜は朝咳き込まなくなりました。

この心配事は、養護教諭に入学前に相談すると良いとのアドバイスを受けることができ、早速スケートの帰りに相談しました。
理解のある先生で、わたしは怜に給食ではなくてお弁当を作ってあげることにしました。
ただ、お弁当が始まる時期がわたしの産後2ヶ月からなので、やりくりできるかどうかがとても心配です。
怜のときは3ヶ月でも寝ていたかったし、夫のお弁当と朝食など前の夜から夜中にかけて準備していた覚えがあります。朝起きてからでは夜中精勤賞で20~30回泣いておきて抱っこしなければならなかった怜赤ちゃんの関係があってとてもじゃないけれど用意できませんでした。
幼稚園ではお弁当だったので、お弁当を作ること自体はそれほど苦ではない、とは言っても周りのみんなは幼稚園みたいにお弁当作らなくていいから小学校は楽だと言っていたので、少し残念な気持ちはありますが、それ以上に怖いのが、みんなが給食の中、うらやましくなってしまわないように献立に合わせてお弁当を作れるかどうかということです。
大変だ!!!という思いで、とりあえず家中の自然食関係の料理本やら、役に立ちそうな料理本を集めてきました。学生のときに勉強する前にこんなだったな、なんて思い出しました。

翌日、また仲良くしていただいているママのお宅にスケート後にお邪魔させていただき、給食をとらないことにしたという話をすると、給食の献立を見せていただけました。
見てみると、ありゃ、こんなもんか、と拍子抜けしました。
産後でも何とかなりそうです。
更に、帰宅後夜になってからネット検索してみると、うちの市の給食が毎食画像つきで掲載されているのです!!これは感動しました。字だけでは得られない貴重な資料と感じました。

そうだ、スープが毎回付くから、スープを入れられるお弁当箱にしないといけないと思いました。赤ちゃんがいるので、とてもじゃないけれど昼近くに学校へ持っていくなんてことはしたくないです。
で、今日イオンを見てきたのですが、小学生にしてみれば結構な荷物になるかと思いました。
それに、開けやすさは?漏れない?保温性は?などいろんなことが気になってきて、先ほどネット検索してみていました。
大きくなくて、よさそうなのは、イオンで見たものが一つ候補となりました。怜は、選ぶのが面倒だったのか、「それでいい、それでいいっていっているじゃない」なんて、なげやりな感じでした。

学校のパンは、週1回だそうです。こういってはなんですが、よりによって山崎パンです。知る人ぞ知る、他のパン会社は使用をやめた添加物をなぜか一時使用を控えていたのに復活させて使っている会社です。
いいです、自宅で天然酵母パン焼きますから。怜は、イーストを使ったパンを焼いているだけでも苦しがるときがあって、どうやらイーストというのは化学薬品で培養させたものである水虫菌の仲間だから最悪なのではないかと思います。

牛乳も、毎日ついていますね。
怜は、牛乳は好きですよ。ただ、自然食を始めとするさまざまな書籍や情報媒体では、牛乳の危険性は数々訴えられてきています。
わたしの祖母は牛乳嫌いですが非常に骨も丈夫で現在94歳です。まだピンピンしています。
牛乳は、取りすぎると逆に骨をもろくするという話もあるほどです。牛乳や乳製品を摂らない地域のほうが、骨粗鬆症はないのです。それから、牛乳を飲むと腸が汚くなりますが、これは牛乳に限らず動物性の食品で汚れてしまうのです。いつまでも乳離れしないのは人間、ということになってしまうと、これまたおかしな話のはずです。また、わたしは酪農家のお友達宅で牛のお世話の手伝いをしたことがありますが、そのときにまいている飼料の話をしてくれたのですが、ホルモン剤が入っているのだそうです。友達いわく「そうでなければずっと乳出し続けるなんて無理だって」とのこと。酪農家自身も知らずにやっている人がおおいのだとか。
う~ん、いらないですね、牛乳。
わたしの身の回りのアレルギーを持つお子さんや自然食に興味のあるママさんは、たとえ牛乳アレルギーがなくても、給食で牛乳を取らないという選択をしています。
怜は、牛乳に関しては、ときどきであれば与えています。通常、わたしが料理に使うのは豆乳なのです。ただ、わたしは豆乳それから味噌などの大豆製品全般の農薬に自分は反応することが最近分かっているので、控えめにしています。豆乳を飲み続けると、明らかにアトピーの悪化を感じるからです。

面倒といえば面倒です。
けれども、食を変えただけで、あれだけ病弱だったわたし自身が変わったのです。
そんな中、アレルギーに関心のあるお友達にすすめられて「天才ときんぴらごぼうの作り方」小倉 充倭子著を読んでみると、始めに食を変えることで死にそうだった命が助かった著者自身の経験が出てくるのです。
玄米いいなと改めて思いなおし、現在ぶづきまいにして食べていた無農薬米を、また玄米にして食べ始めました。
そして、小倉充倭子さんもご自身の息子さんたちの給食なしで弁当でやりとおした経験などが書いてあって、なんだかタイムリーに後押しされてしまった感じです。今の時代とは違って、弁当というのがかなり珍しい中だったので、その苦労は計り知れないです。とはいっても、怜の場合も学校でただ一人のお弁当になってしまいますが。
また高校生になればどうせお弁当なのだし、せっかくだからわたしもある意味修行!?という風に思うのでいいんです。
それに、食が変わって元気になってきたお陰もあると思うのですが、以前よりは体力もついてきたので、赤ちゃんがいても何とかやれるような気がします。

テーマ : 小学校
ジャンル : 学校・教育

怜、スケートを始める

6才の息子怜は、この春から小学校へ通うことになります。
今は1月。
わたしは3月6日に出産を予定しています。

さて、最近のわたしと怜の過ごし方はというと、日々スケートに通っているという状態です。
これは最近親しくしていただいている、これから怜が通うことになる学校の先生の奥さんの取り計らいあってのことです。
学校へ通う前にスケートをやっておくと、一年後に辛い思いをせずに6年間スケートをがんばれる、というものですから。
一年後、赤ちゃんを抱えて怜のスケートに付き合うのは大変だな、という思いと、わたしもスケートを経験していて、冬はずっと靴擦れでなんという拷問なのだろうと思って小学生の頃過ごしていた記憶があるので、これはチャンスと思って、実家に置いてあったスケート靴を持ってきました。
しかし、わたしのスケート靴は小学4年生のとき用のだったため、22cmでした。怜は、19~20cmです。すると、学校の先生の奥さんが、旦那さんに相談してスケート靴を学校用リサイクルの余りから選んでもってきてくださいました。

そして、猛練習が始まりました。
とはいっても、さすが先生と元先生である奥さん、すごくおだて上手で怜は毎日張り切ってがんばり始めました。現在1年生と3年生のお子さんたちが一緒であることも、大いに励みになっていて、がんばる気満々です。
途中1日休憩しましたが、今日で7回目です。
リンクの場所は学校の校庭と、青空公園スケートリンクですが、今日は夕方やっていると終了の放送がかかり、怜は慌てて戻ってきました。その、戻るときの滑りのよさといったら!一気に上手になった感じでした。
毎回、1時間程度やっていたのですが、3日目にして氷のリンクに初めて立ちました。
立つと同時に、本人はもう滑っている気分満々でした。
「怜、スケートに向いているかも」というので、「うんうん、向いているんじゃない?」とほめておきました。

こんな調子で7日目にして滑れているので、一年後も安心かと思いました。

わたしは妊娠8ヶ月なので、足と腰にカイロを当てて、しっかり防寒して、逆子にならないように気をつけてスケートに行っています。
なんでも、寒くすることが逆子の原因だとお友達から聞いたもので。そういえば病院では逆子体操は教えてくれても、原因は教えてくれなかったな。一度逆子が直ったばかりなので、油断大敵です。
それでも、いつも一緒にスケート行っていただいている奥さんに、休憩所であたたまるようにしてもらったり、本当に感謝です。

怜もこの調子でがんばれるといいなと思います。

テーマ : 育児日記
ジャンル : 育児

銀歯とさまざまな体調不良の関係 ~ 金属アレルギー

わたしはアトピーを克服すべく、色々試みてきました。

食事も、今では、無農薬のゆきひかりをお友達のところから購入し、それを玄米もしくはぶづき米にして食べているのと、9割以上が無農薬無肥料の野菜を使っています。
肉、魚、乳製品に関しても、かなり量が減りました。
水は、家からちょっと離れたところから地下水を汲んできています。妊娠8ヶ月ですが、雪があるお陰でソリを使えるのでかえって楽に運べるようになりました。
味噌、小麦粉、納豆に関しても、無農薬にしました。豆腐は減農薬です。

これでかなりよくなったのです。
あと一歩、というところで、銀歯が怪しいと感じていました。
1年前に、アレルギー検査ののちに地元の歯医者で抜いてもらおうと思ったのですが、難しいから出来ないと断られ、そのまま放置していました。しかし、お友達から「ここの歯医者がいい」とすすめられ、丁度怜も歯が生えかわるときで生えかたがちょっと心配で矯正が必要かと相談したかったので行ってみました。

アレルギーの話をしたところ、見事に銀歯にわたしのアレルギーで強烈に反応していた物質のひとつが混ざっているようです。
12月になってから行ったのですが、この歯科が人気なのか、最短で予約して1週間以上かかるんです。
で、初診はそういった話をして計画を立てたのと、怜の歯並びは問題ないということだけで帰ることになってしまいました。

2回目、今度は年末になったのですが予約を入れることができて行くと、期待していた銀歯を抜くことをせずに、上の歯の歯石除去だけで終わろうとされました。
わたしは、銀歯がどうしても怪しいので早く抜いてほしいと訴えたところ、右の上下の歯に3箇所ある銀歯のうちのいちばん小さいところを、その日除去してくれることになりました。

一箇所除去しただけなのに、唇のかさぶたが一段かるくなりました。
前だったら、かさぶたからつゆが出てくるような感じでしたけれど、それがなくなり、ただのかさぶたになったという感じです。
小さな一箇所を取ってこれだから、全部取ったらどれだけすっきりするだろうと思い、次回が楽しみだったのですが、その間予約が一杯で軽く2週間は待たされることになりました。

そして、いよいよ銀歯を抜いてもらいました。
詰め物は、除去後の経過で考えるということもあって、産後になることになりました。それまでは、リジンというプラスチック素材を取り除いたところに埋めたのと同様、セメントを入れておくことになりました。

それほど経過を見るまでもなく、時間単位で回復していく自分の体に目を見張りました。
まず、唇が、一気に状態がよくなっていき、その日の夜にはごわごわ感は残るものの、今まで乗り越えられなかった回復の壁を乗り越えた感じがはっきりとわかりました。
そして、顔面も、どちらかというと銀歯があった右側が全体的にたれていたのですが、それがスッと直ってきたのです。とくに右目の涙袋がひどい感じがしていたのが、左右均等になりました。顔のバランスが良くなってきました。
目の疲れが軽くなった気がしました。これは水道水をやめたときにも感じたのですが、微妙に良くなった気がします。
腰痛が、いつもこのくらい立っていると辛いという時間を越えても、全然平気で怜のスケートに付き合うことができました。

なんだか、嬉しくなってきました。
すごい開放感です。
やっとこれでアトピーやら、全身の体調不良からも解放されるのではないかと思います。
最近はというと、めっきり風邪も引かなくなり、体調は極めてよいのですが、唇が荒れているという不便?さから解放されるのって、本当に嬉しいです。
詰め物は、わたしの場合、金属アレルギーの関係で、セラミックか、最近できてきた新素材のジルコニアがあるようです。わたしとしては壊れにくいジルコニアにしておきたいですが、1年後に値段と相談です。

ちなみにわたしの金属アレルギーには、クロムもあって、これがまた大丈夫だと思っていたステンレスに思いっきり含まれていることがわかりました。というのも、お正月に黒豆(とは言っても我が家は黒豆の煮豆は誰も食べないので塩で炒ったもの)を大量に食べたら、腕時計をしているところが赤くかぶれてきたのです。
クロムが含まれている食品は身近にたくさんあって、黒豆もその一つです。大量に体内に入ることで、大丈夫だった腕時計の量も限界値を超えたと思われます。勝手な憶測ではありますが・・・
腕時計をはずして3日になりますが、まだくっきりと跡が残って皮膚もぼろぼろのままです。

テーマ : 美と健康!
ジャンル : 心と身体

ベネッセ 進研ゼミ BE-GO ビーゴ のお友達紹介します

ビーゴを5才のときに怜がやりたいと言い出し、お誕生日プレゼントに1月分を与えました。
もっと続きがやりたいというので、「サンタさんに頼んだら?」というと、そうしました。

どんなものなのか、大した吟味もせずにサンプルを渡してしまい、買うことにとなってしまったのですが、これが案外よかったです。

我が家はゲームなどは家にありません。
DSがほしいとねだられたことは何度かありますが、与えません。
このことに関しては賛否両論あるでしょうが、うちは今のところ与えないというだけの話なので、省略します。

しかし怜はお友達宅ではゲームをしたことがあります。
強い憧れのようなものがあるのでしょうか、ビーゴにはゲーム性があって、これなら買ってもらえると思っておねだりしたと言います。

最初のものが届いてみると、本当にゲームのようなものでした。
う~ん、微妙だなこりゃ、と思ったものの、ヘッドホンをつけて、何度も発音し始めます。
そして、上手に発音できると花火があがるというゲームもあったりするのですが、これまた微妙な発音のよしあしをしっかり機械が判断しているのです。
これは本当に上手な発音だったというときには花火が上がりまくるし、ちょっと日本語っぽいときには全然です。
よく出来ているなと驚きました。

そんなとき、お友達から、英会話教室に通わせるか、ビーゴにするかの相談を受けました。
わたしはこの意外な発音チェックシステムのことを伝え、「所詮英語は独りででもたくさん練習した人が上手になれる。自学できる人が一番強いのであって、英会話教室に通わなければ会話できないかといえばそうでもなく、独りでも、練習できるコツをつかんだ人が上手になる」という話をしました。ただ、ビーゴで自学の習慣がつくかどうかといわれると、疑問ではあります。所詮ビーゴがないと勉強できないという環境を作ってしまうわけですから。
それでも、小さいときにこうして自分で発音のトレーニングをできる仕組みがあるのって、英会話教室ではなかなかここまで何度も練習して発音を徹底的にチェックするということは出来ないと思いました。

ビーゴは、お友達紹介できます。
お友達紹介でもらえるプレゼントは、その時々で違うので、ベネッセのホームページで確認してください。
2013年3月上旬に出産を予定している関係上、すぐにお返事できない場合もあります(3月は下旬にならないと連絡できないと思います。ごめんなさい。)が、拍手ボタンを押してコメントに必ずメールアドレスを記入して管理者のみ閲覧可能にして記入してお知らせください。
コメントに記入していなかったりわざわざ探さなければならないようであれば、忙しいので教えてくださいとリクエストできませんので、ご了承ください。

他にもベネッセに関しては、小学講座、こどもちゃれんじ、World Wikde Kids English(ワールドワイドキッズイングリッシュ)も紹介できますので、お問い合わせください。
当方へ連絡をされるときには、拍手を押してからご連絡いただけると気づきやすく、見逃しにくいので、拍手を押してご連絡ください。


※ちこさまへ
ブログ拍手ありがとうございます。
せっかくお問い合わせいただいておりますが、返信用のアドレスもなく、コメントへ直に返信する方法もありません。
「いろいろと手をかけて育児されてみえるにも関わらず、自己流のみならず、ベネッセ教材を勧めるには、それほどのメリットがあるのでしょうか?」というお問い合わせをいただいておりますので、こちらで回答させていただきます。
わたしは確かに色々手をかけているほうなのかもしれません。英語も、特に発音などは海外に住んだこともありませんが外国人に「ずっと海外に住んでいたのか」とたずねられるほどなので、悪くないとは思っています。
ただ、息子に教える、とか、人に教えるということに長けていないことは自分でもよく分かっているのです。幼いころから子どもに時々英語で話しかけてみても、英語にかける熱意が少ないということもあるのでしょうが、どうもそれから繋がっていくというほどではありませんでした。
そんな中、DMのサンプルを息子がやってみたところ、楽しんで取り組んだというのが、ベネッセの教材の多くにありました。教材を勧めることにどれほどのメリットがあるかといわれると、単に自分の子どもが使っていて楽しんでいて、しかも自分がやってきた方法(例えば自分が小学生のころに英会話教室に通っていたとか)というものよりも、実際に使用してきて意外といいのではないかと思ったからです。
そして、ベネッセは紹介制度があるので、わたしも入会するなら紹介制度を利用して入りたいと常々思っているためです。
回答になっているか分かりませんが、ちこさまがこちらの追記をご覧になっていただければ嬉しく思います。

テーマ : 習い事
ジャンル : 育児

散々な年末年始

父のお見舞いを終えて、自宅に戻った12月27日の14時すぎからのお話です。
ここから夫が長期出張先の静岡へ戻る1月4日まで結構散々な日々が続きました。
このブログには珍しいほどのわたしのイライラした年末年始の小言ばかりが書いてあるので、気分が悪くなりそうな方は読まないでください。

家についたら、洗濯物やら片づけをしていたかったので、わたしは怜の6回目の最後のプール教室へ行かずに家に置いていってもらいました。

すると、なんとトイレ以外は水道が凍っていて水がでませんでした。
あれれ、水抜きしたはずなのに、完璧じゃなかったのだろうという感じです。
洗面台の蛇口からは小さなツララがぶらさがっています。
トイレは、以前軽く2階ほど凍って、お湯を使って解凍したのでかなり慎重に対処したせいか、無事でした。
その、トイレの手洗いの水を鍋にためて沸かして、水道の解凍を試みました。
蛇口は、台所、洗面所ともに動くようになったのですが、蛇口を溶かしてもどうにもならないということで、水道管全体が凍っているだろうと考え、凍結解凍ができる業者へと電話連絡しました。

10件ほど電話して、やっと夕方には来れるという業者を見つけました。
予定よりも早く来たので、夫と怜はその40分後に到着しました。
復旧作業中、水道管が2箇所壊れて修理しました。
シャワーも、壊れてしまいました。
ボイラーは幸いなことに壊れませんでした。これが壊れると十万単位でお金がかかってしまうので本当によかったです。
それでも、水道管復旧に24000円かかりました。
夫はそれに納得できない様子で、「こんなの電気みたいなの通せばいい道具なんて5000円くらいだし、管だってこんなの自分で買えばやすいのに」と、言い続けます。
しかも、いつのまにかに勝手に飲んだお酒とストレスの臭いが混ざった性なのか、恐ろしく臭くて臭くて堪りません。
近くに寄られると、においの性で具合が悪くなります。
けれども、おそらくにおいの性だけではなくて、その態度やら全てが受け付けません。妊娠中なので、一層そういうのが受け付けないのだと思います。
24000円で簡単に直ったのだからいいじゃないかとわたしは思いますし、そういいました。おまけに水抜きの仕方だって教えてもらって。そんなに「自分でやればこんなにかからない」というのであれば、ぱっと準備してやってみればいいと、このときは言わなかったけれど思いました。

それに、年末お金がかかったときにいつもの通帳に現金があまり入っていなかったことも気に入らなかったようです。
わたしはどんどん利率の良い口座へとお金を移してしまうのですが、その口座は年末年始休止しているからです。
けれども、動かせる現金が全く無いわけでもなんでもなくて、別の口座やら色々なところにあります。
それでも気に入らないと文句を言い続けます。

翌日、ドアを閉めて、しかもストーブも切って寝た性で、またまた洗濯機の水道が凍ってしまいました。
洗濯機の途中の管や、根元付近などを、鍋にお湯を煮立たせて、タオルを入れて4枚ほどを何度も交換しながら特に根元付近を温め続けました。
夫は、言っちゃ悪いけれど、うろうろとして非常に邪魔でした。タオルは常に当てたり運んだり煮たり、そしてゴム手に木綿手袋を内履きにして絞って運んでまた当ててを繰り返していたので、意味無くその周辺にいる事自体、邪魔で仕方ないのです。しかも、相変わらず酒臭い!!
で、言ったことは「水道屋さん呼ぼうか?」だって。
「え?水道屋さん呼ぶくらいなら電気通して解凍できる機械が5000円で売っているんでしょ?買って来てよ。こうやっているよりずっと早いし、安いでしょう。それくらい自分で出来るんでしょ!?」といいました。
夫は考え込んで、「ホーマック行ってくるわ」というので、何を買うのか聞くとポータブルストーブと、シャワー(これも壊れたので)を買うといいます。
「ポータブルストーブなんて何の役に立たないから買ってこないで!何で5000円で買ってこれるはずの電機の道具かってこないのさ!?」自分の言ったことには責任持ってほしいです。しかもこの口から出任せ発言に昨日かなりイライラしましたので。
わたしは、タオル作戦でもう少しでうまくいくと思ったので、やり続けました。1時間ほどで、復旧しました。
そして、函館へ3日間行っていた間の念願の洗濯物をいそいそと始めました。

シャワーを取り付けにかかった夫は、重要な話があると呼ぶので洗濯物を乾しているのを休んで風呂場へ行ってみると、セットで付いてきていたシャワーフックを取り付けたがっている話をきかされました。
というのも、うちのお風呂は鏡とは反対のところにシャワーがついているためです。
つけたい気持ちは分かるけれど、下手に穴を開けると湿気やら水で家が壊れると反対しました。
けれど、勝手につけました。
なら相談とか言ってないで、勝手にやればいいんじゃないといいました。最初から相談なんてする気無いんだし。
つけてみたシャワーノズルにシャワーを引っ掛けてみると、なんとも不安定で今にも取れそうな感じです。
夫に言うと、後ろに板がないからしっかりしていないと言います。
わたしは「こんなの付けないほうがよかったのに。こうなっているのにはちゃんと理由がある程度あるはずなんだから、考えてからやらないとこういう目にあうんだわ。」といいました。

そうこうしていると、今度は夫は屋根に上り始めました。
ルーフヒーター入れているはずなのに、全然溶けない感じがしているのですが、それを確かめるために上がるのです。業者さんにも、屋根に登るとヒーターが壊れるといわれているのに、言われてからも、点検しなきゃいけないからとか、やたらと理由をつけて登りたがっていました。
このときばかりは、なんだかは高いところに登りたがるというけれど、まさにこのことなんじゃない?と、わたしは思いました。ひどいですか??
洗濯物を乾していると、屋根をドタドタ歩く音が聞こえてきます。散々ダメだという話をしているはずなのに壊す気かと思って、イライラします。しかも、登ったところでルーフヒーターのことが解決するわけでもあるまいし。
夫は、「ルーフヒーターを使わないように、屋根の形を変えて雪が落ちるようにすればいい」と言い出しました。
「いくらかかると思っているの?」「100万くらい」「そんなに安くて済むわけないじゃない。少なくとも50万~1000万近くかかるよ」というと、驚いていましたが、逆にこっちがびっくりです。
「だから、こわすんじゃない!!!!」
すると、「この家は住んでいる人に合わせない」とか言い出します。
「当たり前でしょう?住んでいる人の扱が悪ければ壊れるし、家に意思があるわけがない。だったら一戸建てなんか買うんじゃない。集合住宅と違って自分で全部手入れをきちんとしないとないんだから。」なんでわたしがこんなことをいわなきゃいけないんだ!?

まだまだ続きます。
正月なので夫が唐突に餅を炭火で焼きたいと言い出しました。
「へぇ、焼けばいいんじゃない?庭、寒いからやりたい人でやっていてね。わたしは冷やしたら妊婦だしダメだから」といっていると、「寒いのイヤだから、玄関でやる」とか言い出しました。
また、わたしはげんなりしました。いちいちこの調子で本当につかれます。「玄関でやったら煙も篭るし、すすもつくし、においも残るけれど?」というと、「何もやりたいようにやれない!!」と怒り出しました。
わたしは頭がおかしいんじゃないと内心思い、このときは何も言う気になれませんでした。
他にも、蒔きストーブをつけたいといってみたり。こっちはその煙が苦しくて無理だといっても言い続けるので、イライラしてこれまでのいろんなこともあるし怒り口調で言いました。
本当に話したくなくなりました。

正月のときには、夫は怜とテレビにも当たりました。
怜がドラえもんを見たくて、夫が出かける前に見てもいいかと聞いたら、「いい」と言って出かけていきました。
なのに、帰宅後に「誰が見ていいといった!?」とぶちきれて、「パパが言った」と怜がいうと「いつから作り話なんてするようになったんだ!」と怒鳴り散らして、テレビをたたいて後ろに倒しました。このテレビも1年前に夫が職場のイベントの景品としてもらってきたのですが、海外製の安いもので、ただブラウン管だったのが液晶になったからマシだけど本当はもっといいのに買い換えたいと考えているから壊れればいいという考えでやったのも、わたしにはすぐにわかりました。そういうところにもイライラします。
そして、夫は「何も自分の思い通りにならない!やってられない」と怒鳴り散らしています。
わたしは物と怜にあたっている夫を見て「何やっているんだ!やってられないはこっちのセリフだ!!」と、静かにぶちきれました。

その後、何とか怒りを納めた夫は怜に謝り、一緒にお風呂に入っていました。
お腹が大きくなっているから写真を撮ろうというので、仕方なく応じましたが、夫がわたしのお腹に手をあてただけで猛烈にお腹が痛みました。それか、相変わらず臭いためにそれが受け付けなかったのかもしれませんが。
いずれにしても、本当に心底生理的にも受け付けないと感じました。

そして、4日に静岡へと向う日に、悪かったと謝ってきました。
やっぱりこの家でやっていきたいと思った、と勝手に言っています。
わたしは全然そう思いません。というか、悪いとなんて思っていないと思っています。
しかも、自分だけこの家でやっていきたいと思ったことに、わたしが追従して賛同すると思い込んで言っているところがまたたまらなく不愉快でした。

2週間ほどの滞在でしたが、5月に出張が終わって戻ってくることが憂鬱に感じました。
そして、夫が静岡に行ってから、夫が隣町の温泉に数々の忘れ物をしてきたのをとりにいく目的で、怜と二人で温泉へと行きました。こんな冬の晩にわざわざ行きたくもないけれど、あんまりにも惜しい忘れ物ばかりなので、納得できずに行った、という感じです。
ひとつだけ、怜の靴下片方が見つかって、よかったです。子ども用の綿靴下なのですが、かなり高いものじゃないと子ども用の綿の素材のものは手に入らないためで、1足1000円近くしていたからです。他は、石鹸+ケースそしてかごなのですが、誰かに持っていかれたようで見つかりません。
夫から電話があったので掛けなおすと、「温泉に結構行っているみたいでよかったね」ということを言うので、それにもイラっとしてしまい「忘れ物取りにでも来る目的じゃなければ、こんな遠くて高いところになんかわざわざこない」といいました。わたしの中では正月のことはずっとひきずっています。
生理的に受け付けないと、本人に言ったほうがいいのだろうかと思うほどです。

テーマ : 日々のこと
ジャンル : 結婚・家庭生活

急性重症膵炎の父の闘病生活と手術ミス

急性重症膵炎を患って入院した父は、かれこれ入院期間が2年目に突入して闘病生活を送っています。
闘病、と言っても、膵炎そのものが炎症をくすぶらせていて入院が長引いているわけではありません。
膵炎のために、すい臓から漏れ出した膵液が体内を溶かし、そのために破損した臓器があり、そこが回復して父自身も体力が付かないことには退院できないということです。

9ヶ月前に大腸に空いてしまった穴を自然治癒力をもってふさぐために、食べた食物が大腸へと流れていく前に小腸の終点付近でストマ(人工肛門)を作り、大腸を休止させるという手術をしたのですが、これが失敗していたということに、去年の年末やっと気が付いたのでした。

9ヶ月間、熱などを出しながらひたすら回復を待っていたのですが、これが結局手術がうまくいっていなかったということにより熱が出ていたということらしいです。

その後、手術の予定は年末になるか年始になるかという話でしたが、わかったらさっさとやってほしいものです。そうでなければ、更なる無駄な入院が続くので。

予定されていた再手術が、繰り上げられて12月21日に手術することになりました。
結果は、まずまず成功だったようです。

で、わたしと家族は、わたしがこの春出産予定ということもあってしばらくお見舞いへ行けないために、12月25~27日にお見舞いへと行きました。

25日は、函館は猛吹雪でした。渋滞しやすい函館市内が、一層渋滞していました。時間によってふぶいたり、そうでもなかったりもしたようです。
最初、わたしは函館市内についたときに眠っていたのですが、目覚めたときにあまりの吹雪のすごさと時間を照らし合わせて、ホテル直行を決めて母へ電話したのですが、ホテルは食事つきではなかったので周辺検索したところ、病院の近くのレストランが出たので、病院へ行ってから夕食へと向うことにしました。

父の様子はというと、普段であればこのくらいの手術直後だと、歩くこともままならないらしいのですが、わりとしゃっきりと歩くことも出来ていたようです。
けれども、やっぱり見るたびにやせています。特に手術前後は最低5日ほどは絶食だということもあって、1kgは軽くやせるのだとか。ただ、顔色は悪くなかったです。

母は、わたしからホテルへ直行するという電話を受けて、一旦車へと行っていたのですが、そこで親戚から長電話がかかってきたお陰で、再びわたしがお見舞いに来たという電話を受けて病室へと戻ってきました。

その後、怜がお腹をすかせているのと、吹雪なのとで、外のレストランではなく病院のレストランへと向いました。まだやっていてラッキーでした。

長々と吹雪の日に病室にいると父が心配して、追い返すようにエレベーターまでわたしたちを見送りました。

この日はクリスマスということもあって、金森倉庫のところでクリスマスツリーが見れるのを楽しみにしていました。幸い、吹雪が一旦収まって、少し寄ってもよさそうな感じでした。

けれどもやっぱり極寒ではありました。クリスマスツリーを囲んでイベントをやっているのですが、わたしはツリーを見れたらそれでいいやと思ってしまいました。とっても綺麗なツリーだったので、満足してしまったという感じでもあります。
あと、スープバーを20時までやっているのだということで、最後に3枚だけチケットが残っているからと、無料でおねえさんが3枚プレゼントしてくれました。それまでは1枚500円で販売していたものです。いろんなスープを作っている出店が並んでいて、好きなスープを選べました。美味しくて嬉しくなりました。ただ、外は極寒なためか、スープは熱々ではなくて、ぬるかったです。夫と怜は、外で食していましたが、わたしは耐えられず建物の中に逃げ込みました。
最後に、ちょっとだけ花火が打ちあがって、それを見てからホテルへと向いました。

翌日は、お見舞いメインであとはドンキホーテとイトーヨーカドーを見て歩きました。
ウィンドウショッピングに近かったのですが、メガポテトというものが200円で売っていたので気になって食べてみることにしました。
見たこともないような大盛りでした。普通のファストフード店にあるようなポテトLの3倍はあるかと思われる量でした。このときの夫のコメントが、もうしわけないけれど非常に面白くない。「ポテトの原価は安いから」
「だからなんなんだ?安くたってここまで大盛りで出してくれる店が他にあるのか?これくらい当然だといいたいわけ?家でポテトなんてやったら、北海道産のいい芋つかっていても、一袋200円もしないでできるけれど?更にそんなもの使わないで、芋を量買いしたものを切ってあげればもっと安いけれど??」じゃあ、外で買うなよとわたしは思うし、普段やたらとポテトを買いたがるくせにそういいたいのかと言いたくなる。

そのそばに、31アイスクリームがあった。我が家は実はそのときまで一度も食べたことは無いのです。いつも行っている市内のイオンにもあるんですけれどもね。
で、半年ほど前に31アイスクリームの経営者が書いた本を読んだこともあって、ちょっと食べてみたかったので、家族で皆キッズサイズをそれぞれ購入して食べてみました。ちゃんと、経営者の著書に書いてあったように、試食スプーン制度を試してみてから・・・。
怜は、試食して選んだにも関わらず、選んだものよりも別な方が美味しかったと言い出す始末でした。一体何のために試食したのかわからないです、全く。

そして翌日27日にはお見舞いに行く時間もなく、15時10分から始まる、怜の6回目で最後のプール教室に間に合うように朝食も早く済ませて帰宅しました。

帰宅後には数々の悲劇?が待っているのですが・・・
つづきは、別の記事にて書きますね。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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