妊娠7週目、単独事故を起こしました 7月21日

先日7月9日、市販の妊娠検査薬により妊娠を確認しました。
いきなり下っ腹が出て、胸の感じが以前息子を妊娠した感じと一緒なので、検査薬を使いました。
見事に的中、その日の午後から急につわりらしいものが表れました。

病院の検診の予約が取れたのは、7月18日午後でした。
その日まで開いている日がないそうです。
で、病院へ行くと、妊娠6~6週の後半ということで教えてもらいました。
詳しい出産予定日は、次回2週間後の来院時に教えてもらえることとなりました。
けれども今はインターネットで生理周期とあわせることで簡単に出産予定日を算出していくれるページがあるんですよね。
6週という情報を元に改めて算出してみても、予定日は3月4~10日頃でした。

そして本日21日、妊娠7週と思われる時期になってきました。
この日は夫が一日勤務で帰ってこない日で、わたしと息子怜は、ポケモンの映画を隣町へと見に行くことにしました。
本当は夏休みにはいってからと考えていたのですが、どうしても見たかったらしく、また、わたしも軽い風邪を引いてしまい、息子との遊びに付き合っているより映画を見るほうがラクかと思っていくことにしました。
わたしは午前中は調子が酷く悪く、寝ていました。
12時からの公演に出かけることにしました。
映画を見ている間も、ポケットティッシュが2袋丸々なくなってしまうほど、鼻をかんでいました。
そして、小腹対策にフランスパンとあたりめを少し持参したのですが、帰りにたこやき屋が目に入り、購入しました。
たこやき屋のおっちゃんにはソースもマヨネーズも少なめにと言ったのに、モリモリかけてくれました。
「これで少なめなのぉ!?」とわたしがつぶやくと、おっちゃん、
「何、アレルギーなのかい?普段はもっとたっぷりかけているからこれで少なめだよ」というので
「そうよねぇ、たこやきってたっぷりソースかかっているものですもんね。仕方ないかぁ。妊娠しているからつわりとかの関係であまりソースとかマヨとかたくさん食べたくなかったのよ。」というと、
「そうかい、今度は端につけておくね~」そんな調子で車へとたこ焼きを持って行きました。

怜は車内で映画館でどうしても欲しいというカードを買ってもらい、見るのに忙しかったので、わたしは早速そのたこ焼きを半分平らげました。
怜に残り半分を渡し、出発しました。
駐車場を出て、片側二車線道路の所で、信号が青になったので中央分離帯を横目に超えて曲がろうとしたところ、見事にその中央分離帯に乗り上げて車が助手席を下に横に倒れました。
あっという間の出来事で、わたしにしてみると、きづいたら横になっていたという感じでしたが、怜にしてみると、ゆらんゆらんと大きく揺れて、横になったのだそうです。

あ~あ、やってしまったみたいだ。
最初のわたしの感想です。
すぐに怜は大丈夫なのかと自分のシートベルトを外して助手席の窓のあった場所の地面に立ち、怜に声をかけながらシートベルトを外すと、最初に「たこ焼きが、たこ焼き食べたかったのに~。ふぇふぇふぇ・・・・!」と泣きました。続いて、「車、こんなに壊れちゃってる!どうしよう、出られない、ふぇふぇふぇ・・・・!!」
「大丈夫、すぐに出られるし、どこも怪我していないよね?」
「肩痛い。あっ、ポケモンのカードが!たこ焼きがぁ!!ふぇふぇふぇ!!!!!」
「大丈夫、ほらたこ焼きぐらいまた今度買ってあげるから。カード壊れていないでしょ?出口も、ドア上空くから、そこから出られるから」というと、少し落ち着いたようです。
わたしは事故発生時刻をと一応腕時計を確認しながら、携帯電話を使って110番しました。
ふとフロントガラス越しに心配そうに見ている通行人の女性が何人か見えたので、手を振りとりあえずの無事を合図しました。
警察に電話報告中に、6人程度の男性が集まってきて、まず運転席を開けて怜をひっぱりあげました。
「ちゃんと電話に答えてください」と何度か警察の方に怒られましたが、仕方ないです。みんな早くとりあえず出ろというものですから。
妊娠7週であることと怪我はないことを伝えたのですが、救急車が一応来ることとなりました。
わたしは上からではなく、後ろから出ることになりました。

横転した車を、男性6人程度でまずは起こしあげて、押しボタンの信号を押して、変わった隙を見てわたしが目指していた車線の端まで押して付けてくれました。
後は単独事故だったので、皆さん解散されていきました。
頭を何度か下げたのですが、すこししっかりさげられない感覚でした。

その後数分も経たずにに来たのは消防車でした。1台、2台、そのうち3台目までもが到着です。
次に救急車、パトカーも2台3台と到着しました。
警察と救急隊員の方々に、同じ質問を何度も受けて、何度も同じことを言いました。
こういうものなんでしょうかね。

頭の思考が停止しているので、次から次へとどうするか問われても、ぱっとどうすればいいのかわかりません。
なので、とりあえず病院へ連れて行ってもらうということで合意しました。
お腹には痛みがぜんぜんないし、赤ちゃんは大丈夫なのだと思いました。

車をレッカーすると警察の方が言うので、まずは保険会社に電話しないとレッカー代が下りないのではないかと危惧したのですが、救急車で病院へとりあえず運ばれることとなったので、そんな余裕もありません。そこでは邪魔だというのであれば、レッカーしてもらうしかないです。
「場所は、とりあえずおいておいてもいいような場所どこかにある?」みたいなこと言われても、自宅の駐車場しか思い当たりません。隣町だし高額になるだろうことを予想しながらも、妊娠中&風邪ということでその後もパッと対応できないことを想定して、やはり自宅の駐車場を指定しました。

わたしも病院へ着く頃には右手甲に出来た小さな傷が痛みを感じ、肩や太もも、でん部、関節などに軽い痛みを感じていました。
簡単な診察を終えて、レントゲンもなしでした。土曜日だったので、休日対応の救急病院だったために、婦人科もなく、とりあえず検診だけしたという感じになりましたが、診察代はそれぞれ2000円程度でかなり高額でした。
ひとまず単独なので保険証が使える、自動車保険を使うなら今月中に連絡が必要ということで支払いを済ませ、タクシーを呼びました。
待てども全然こないので、他のタクシーによほど乗ってしまおうかと思ったくらい、待ちました。
電話がかかってきたのですが、どうやら診察券に連名で書かれているうちの、別の病院名を言ってしまったようです。
15分近く待って、やっとタクシーに乗りました。怜は少し眠っていました。そして自宅まで3600円程度かかってしまいました。

帰宅後、SBI自動車保険に加入しているのですが、やっと電話することが出来ました。
休日対応のために、病院に関する案内だけは本日中にするということで連絡をもらいました。しかし、連絡が来たのは「レッカーは当社の保険に連絡がなく対応されたのでレッカー代は出せません」という若い女性からの電話だけでした。
「いや、救急車で病院へ向かわなければならなくて、警察にレッカーの対応をしなければならないという風に言われたので、警察にお願いするしかなかったんですけれど?はぁ、わかりました。そういう対応されるんですね。。。」と言い、ぷつりと電話を切りました。
病院のことで電話するとか言っておきながら、全然こないし、一体どうなっているんだと思い、もう一度SBIに電話しました。改めて連絡するということで受付の人が言ってから、お風呂からさて上がろうという5分前に、怜だけ先に上がっているときに電話があったので、かけなおしてもらいました。
すると、今度はなんとも感じの良いおじさま風な方からの電話で、こちらの保険の適用範囲や病院のことを含めて今後どうすればいいかを適切に教えてくれました。更に、レッカーについて、自動車保険の方から費用がでるということで言われました。レッカー代26000円と言われたので、これはばっちり記録しておかなければと思い、おじさまの名前もしっかり控えておきました。

保険の業者に最初に連絡した後で、函館の弟にも連絡しました。
状況説明し、保険の書類をFAXし、すると、実家経由で実家の車を代車としてトラックで今から運んできてくれるというのです。いや、もう17時過ぎているし、函館までわたしは毎回5時間かけて行っているので、車が無くても大丈夫だといったのですが、近所の営業所に引き取られるよりもこっちで引き取った方が何かと便宜はかれるし、車がないと通院も大変だろうしということでした。
泊まって行けばと言っても、翌日トラック使うっしょ?ということで、日帰りするようです。
母から聞いたのですが、前日も実家までお客さんの事故対応で走っているのだとか。

怜を寝かしつけたときに一旦一緒に眠ってしまったのですが、ピンポンですぐに目覚めました。
22時30分でした。
途中、実家で車のバッテリーを替えたりしていたので実質3時間半で着いたといいます。早くてびっくりです。
事故車をトラックの上にのせるのには、弟が運転してぎぃぎぃ言いながら乗っかったという感じでした。
家にはたいしたものがなかったのですが、ルタオのクッキーが一箱あったのと、美味しい無添加の焼肉のたれがあったのと、運転中にいいかと思い、ストレート果汁100%のりんごジュースを渡しました。
今から帰ると夜中の3時ころ到着なのかと思いました。
弟が出発してから、すぐに母に一報連絡を入れると、甲高い声で「モシモシ!」と。そして笑い声。
「あれっ、どなたさまかな?あぁ、たっくん(一番下の弟)ね。間違って電話しちゃったかな!?それとも今函館にいるの?」というとすぐに母に替わりました。

母と事故の話を一通りして、それから父の容態を聞きました。
3日前からまた不調で、熱を出していて、解熱剤でさげている感じのようです。
やはり今は他のところは全部よくなっているのですが、問題は腎臓のようで、また管にかすがたまったかどうかで取り替えたり色々対応していたそうです。熱が1週間続くと体力もまた落ちてしまうし、体力が回復するのを待って手術といってもなかなか頃合が難しい、近くに一大決心をしなきゃならないかもしれないと言います。
もう、わたしたちのあれこれ言える領域ではないので、お医者さんの判断にお任せするしかないです。

なかなかいい話の無い一日で、怜もせっかく映画見たのにとても楽しくない気分だといいます。
「ママ、ついに事故したっていう感じ」と怜は言います。
そんなに事故しそうな風に見えていたのかしらと疑問です。
それからお腹の中の子は、こんな状況でもつわりはひどくならなかったし、たくましい子なのかと思います。昔の嫌なことを思い出すと、すぐに気持ち悪くなってゲェゲエしてしまうんですけれどもね。
怜は、肩が帰宅後には更に痛くなったようなので、大き目のシップを貼っておきました。
わたしはひじとか腕とかが部分的に痛みが出てきましたが、あまりシップなどは赤ちゃんにもよくないかと思い、していません。
怜は、「こんな風に事故しても怪我しなかったのって、神様のおかげなんじゃない?」なんていっていました。
わたしもそんな気がします。大したことなくてよかった。一生懸命見ず知らずのわたしたちを助けてくれた方々や弟、警察、レスキュー関連の方々にも感謝です。

テーマ : マタニティライフ
ジャンル : 結婚・家庭生活

水道水の害 ~ 水道水から来る体調不良。水道水ショック!アレルギー

水道水、日本の物って、本当に安全で飲むことも出来て、なんて幸せなのだろうと思います。
有害物質が入っていると聞いていても、わたしの両親も日本の水道水はいい水だといっているし、水道水の安全性を信じていました。
それでも、このわたしのようにひどいアトピー体質に悩まされてきた人間にとっては、水道水って本当は体にすごい影響を及ぼすのだということを、最近身をもって体感しました。
ぜひみなさんに知っていただきたく、わたし個人の体験をここに公開いたします。

わたしの家には浄水器はついていません。
そういうと、どこのご家庭にも大抵ついているのでびっくりされます。
とは言っても、みなさん1万円程度の気休め浄水器であったり、時には10万円もするものをお持ちの方もいます。
ただわたしが浄水器を付けずにきたのは、「どんな高性能な浄水器でも完全にろ過できない。10万円するものでもほとんど機能していない」という話を聞いてきたからです。
これは高価な浄水器を購入した方にとっては気の毒なお話なので、わざわざ自分からお話することはありませんでしたが、「浄水器つけていないの!?」と、半分わたし自身への批判(!?受け止め方がよろしくないのだとは思うのですが、残念ながらそう感じることが多々ありますもので)を受けた場合にこのように発言してしまいます。

さて、そんなわたしですが、結婚してからは飲用水には水道水ではない水をずっと使用していました。
スーパー設置の無料の「純水」というものでした。これは水道水をろ過したもので浄水器とほとんど変わらないかと思いましたが、通常の浄水器より高性能であろうと信頼していました。
けれども今年の2月頃より、「やはり水道水で大丈夫!水くらいでは変わらないでしょう?」と思い、全面的に水道水の使用へと切り替えました。日々忙しかったことと、くんでくるのが大変だったことと、スーパーへほとんどでかけなくなったために毎度スーパーへ出かけることが面倒になったことなどの理由が重なったためでした。

ところが、これまで出ていなかった口周りのアトピーがひどくなり、唇もかなりひどい状態になってきました。
ゆっくりとだったので、しばらく水道水が原因とは全く気づきませんでした。

水道水が原因となんとなく気が付いたのは、シンガポール旅行へ5日程行ってきたあとです。
旅行中は、果物も南国のものをたくさん食べたり、甘いお菓子類やデザートにカキ氷やアイスなんかもたくさん食べていたし、明らかにアトピーが悪化してもおかしくない生活をしていたのです。
恐る恐るアトピー悪化を確認すると、少し悪化していたのは甘いものを食べると出やすい手の指ばかりが軽く悪化している程度で、口の周辺は綺麗になってきました。総合的には、アトピーはよくなってきたと言う感じを受けました。そういえば、台湾へ旅行したときも同じような経験をしました。
それが帰国後、さっそく久しぶりの味噌汁をと一杯いただいただけで、一気に口周辺のアトピーが悪化しました。
やっぱり、味噌は味噌が酸化が進みやすくてダメなのかなぁと思った次の瞬間、シンガポールにいたときには水道水を一切口にしていないことに気づきました。

・・・

すぐにミネラルウォーターを購入してきて、それで味噌汁、炊飯を行ってみました。
それらを食べてみても、これまで感じていたアトピーの悪化を感じませんでした。
!?!?
水が、諸悪の根源だったのです。
早速全ての口に入る水から、水道水を排除しました。
2週間でみるみるうちに、体が変わりました。

アトピーが軽減しました。
お菓子を食べたときには手のアトピーもひどく悪化していたのですが、その悪化の仕方も緩やかになりました。これは石油系化学製品の着用を止めたときにも同じような変化が見られました。そのときよりも、更に悪化しなくなりました。

唇の皮がむけなくなりました。
少なくとも中学生の頃にはもう毎日唇の皮が剥けていたと思いますが、3日ほどで止まりました。

顔のつやがよくなってきました。
やはり、お風呂で毎度大量の垢が出ていた顔ですが、それも次第に量が減ってきました。

顔の輪郭がかわってきました。
フェイスラインが上向きになりました。
それから、目のはれぼったさがとれてきました。
額に出来てきたしわが、表情を変えても以前ほどくっきり浮き出たりしなくなりました。

歯石がとれました!!
下の前歯の内側に、なぜか歯磨きしても歯石がつきがちで困っていたのですが、すすぎも水道水を止めたためか、2週間目に歯ブラシだけで急に取れました!!!

睡眠時間が短くなりました。
わたしは幼い頃からの標準の睡眠時間は9時間だったのですが、水道水をやめてからは8時間(時には9時間)で目覚められるようになりました。
けれども最近水道水を止める前の睡眠時間は今年の9~11時間でした。それでも石油系化学製品の使用のために体調不良だった去年の12月頃は13時間だったので、快挙でした。
つまり、分かりやすく一覧にするとわたしの睡眠時間はこのように変化してきたのです。
幼いころ~9時間
2011年 前半      10時間程度
2011年  9月~10月 12時間
2011年 11月~12月 13時間(12月、ポリエチレン手袋の害に気づき、止める)
2012年  1月     11時間(プラスチックの害に気づき、直接身につけるもののほとんどを除去完了)
2012年  2月~ 5月 11~9時間
2012年  6月      9~8時間 (シンガポール旅行6~10日。その後水道水を止めた)
体にたまる有害物質がいかに体に負担をかけているかがよく分かります。

腰痛が軽くなりました。
日に日に、腰周り全般のつらさが和らいでいきました。
それから、減らないお腹の脂肪が、少し減ってきました。太ももも、ほっそりしてきました。
もしかしたら有害成分と脂質って、お互いに結びついて溜まる性質を持っているのかもしれませんね。
体重も、軽くなってきたようです。
食べ物はよく食べていますよ。

こうして水道水を徹底的に排除したためか、困った不具合も出てきました。
それは、人のお宅にお邪魔してお茶をいただくと、ショック状態のように咳が出続け声が変わってしまい、翌日まで治らないということです。

はじめて水道水ショック(勝手に名づけてすみません)を経験したのは、函館の弟宅で、母が出してくれたお茶でした。
水道水を「完全」に止めてから10日目のことでした。
酷い咳でした。声もおかしくなりました。
水はわたしが持ち込んで水道水は使用しないで調理していたのですが、お茶は水道水でした。
しかしわたしはこの一回だけで、水道水によるショックだと気づきませんでした。

2回目は、お友だちのお宅でした。
やはりお茶をだしてくれたのですが、函館でお茶を飲んだ6日後でした。
やはり咳が出て、声が変わりましたが、函館のときほどひどくありませんでした。
このとき、わたしは水道水によるショックを疑い、翌日お友だちに失礼を承知で聞いてみたのですが、1万円程度の浄水器を通しているのだのことでした。どうしても、自分の今後のためにも聞いておいておく必要があったからです。幸い、親しいお友だちのところでよかったです。
函館のときよりひどくなかったのは、ほんの少しでも浄水器の機能が有効的に働いたためかもしれませんし、ショックに対する「耐性」のようなものが出来たのかもしれません。

こうして水道水でのお茶がかなり恐怖となってしまったのですが、外食などをしてもこれほどショック状態を起こしたことはまだありません(気づいてからは、外食のときに出される水も飲まずに、自宅から水筒を持参しています)。
ただ、外食をするとアトピーが悪化するのは、やはり水道水を使っていることが原因かと思われます。
わたしが水道水でショックを起こす原因物質が、もしかしたら特定の有害物質、例えばトリハロメタンである可能性も考えられるということかと思いました。
トリハロメタンは、沸点に達した時点で通常の水道水の何百ときには何千倍もの毒性を増すとも言われていて、沸騰して5分以上経った時点からやっと徐々に減るという性質を持った物質です。そういったものであれば、お茶であれば有害性は多分に増すのではないかと思われます。

水道水って怖いと感じてから、どれほどの有害物質が含まれているかとネットで検索してみると、出るわ出るわ、もう数え切れなくなってしまいました・・・。
水道水の農薬の検査項目41種類のうち、毎年平均して14種類が検出されるとも書いていました。
これを放置していては、どんなに無農薬の野菜を食べていても、ぜんぜんよくならないわけですよ。

こうして、水道水を生活から除去していったわたしですが、昨日また人様のお宅へお邪魔して、浄水器を通した水と判りながらいただいたものがありました。
そのときは咳が出たり声が変わったりしませんでしたが、翌日になってのどの調子がおかしいです。また、唇がひさしぶりにボロボロになってきて、夫に、アトピーが悪くなったと言われました。
やはり、浄水器を通していてもダメなんですねぇ・・・・><

ここに書いてある記録は、6月6~10日にシンガポール旅行から帰国してすぐから本日7月1日の間の、25日間の間の出来事なんですよ。
これほど変化があるなんて、水道水の影響って、本当に怖いと思いました。
さっそくわたしの知人のお子さんで、わたしと似たような症状の子の飲料水だけでも変えたら?ということで変えたら、みるみるお顔がきれいになっていったという子もいましたよ。
その子のお宅にも、浄水器はついているんですけれどもね。

・・・・・・

それからおよそ2年後、再び水道水を飲んでしまったときは、翌日ぐったりとして午前中思うように動けませんでした。
ハーブティーを喫茶店で飲んでしまったんです。
やっぱりまだ駄目かぁと思いましたが、咳が出なかったことで一歩前進!?したのでしょうか?

普段は車で10分ほどの神社から湧き水を汲んで来ています。
しかし、神社の水が一時期洪水によって使えなかったときには別の湧き水を利用したり、浄水器を使用して更なる悪化(浄水器には銀イオンが使われることが推奨されているために銀に反応してしまいました)を招いたり、本当に水ひとつでわたしの体は一大事になります。困った物です。







テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

シンガポール旅行!5才の子連れ家族3人

2012年6月6日~10日、税込16万で家族3人でシンガポール旅行へ行きました。
ツアーの内容は殆ど自由行動。HISです。
シンガポール初日のみ半日観光の無料オプションに申し込んでいました。一人10ドルの食事券付です♪
行きも帰りも千歳から上海経由です。
みんなが面白くないというのであまりシンガポールは乗り気ではありませんでした。
だけど人がなんと言っていようが行ってみるものですね、面白かったですよ♪

現地で使ったお金はお土産15000円程度を含めた4~5万程度です。
なので20万程度で楽しんだことになります。

5才の子どもがいる中、夜中に乗換えなどがあったり、歩くプランが多かったのは大変でした。
それでもよく歩いたし、がんばりました。

初日は13時30頃に千歳空港出発です。
11時頃に空港へ着き、クレジットカードのゴールドカードと航空券で無料で入れるスーパーラウンジへと行ってみました。ジュースなどが無料で飲めてよかったです。
飛行機の機内食は予め4便全て出ることを調べていたので、昼食は機内食です。
航空会社は中国東方航空です。嫌な予感がしたのですが、胃腸の弱いわたしは即効お腹を壊してしまいました。
初日からこれでしたが、この食事だけで済みました。
上海へ16時30に到着し、7時間ほど持ち時間があったので、上海の町へと出かけることにしました。
まずは両替です。ここではぼったくりなどないだろうと思っていたのに、日本での交換レート+手数料よりも高くなりました。
空港の税関もなかなか時間かかるし、リニアに乗っていかないと町へは出られないので、移動だけで1時間はかかりました。
そうすると17時30、日本時間では18時30になっているので、もう空腹な時間なのですが、正大広場という建物にある、肉や卵を使っていない食事を出してくれる料理店へと行きました。ここはなかなか美味しかったです。
けれど食べ終わるともう19時。日本時間では20時で、息子が眠る時間です。
一度店を出て建物の外に出てから、怜が地下鉄の階段のお店で買った青い光る花のおもちゃをお店に忘れてきたことに気づきました。もう、大泣きです。慌てて店に戻るも、店の人何人かにたずねてようやく手元に帰ってきました。というのも、ここのお店ではどこの国からきたのかと尋ねられたときにわたしは「日本から」と答えてしまったのもまずかったかもしれません。急に店員が相手にしてくれなくなりました。反日感情、強いですからね、中国は。それでもお店から出て行くときには、わたしは思わず「しぇーしぇー、Very Much」などと言って出て行くと、店員さんは「プッ」と噴出していました。馬鹿にされただけかもしれませんが、いいんですそんなことはどうだって。
トラブルも解決して、ここから空港へと戻っても21時30になるのですが、夫はわたしと息子の帰ろうという声を聞かずに川やその川を越えた反対へと行きたがります。
こういうポイントも、わたしが当初個人プランでの旅行へ行きたくなかった理由のひとつでした。子どものことを考えずに振り回すということがわかっていて、何度も忠告しておいたのにこれです。可愛そうに、フラフラになって息子怜は空港の椅子で眠りました。話を聞かずに強行しようとする夫にも、旅行に来る前には無理はさせないという話をしていたくせにやっぱり勝手だった、もうあなたの話は半分にしか聞かないからよく覚えておいてといっておきました。
光のトンネルなんかにも行きましたが、やたらと高いけれどもがっかりポイントでした。予想できていたので、また不満ポイントがたまりそうになったのですが、怜が行けてよかったと満足していたので、わたしも良しとすることにしました。
帰りの道は、歩いていると結構大きな通りなのに、なぜか柄の悪い人たちがたくさん集まっているところがありました。日本でもヤクザっぽいひとって顔に現れているけれど、中国でもそれは一緒なんだと思いました。夫はそこで大金の受け渡しを目撃してしまったようです・・・。怪しい薬でも渡しているのでしょうか!?!?観光地でもあるという場所で、これです。おそるべし、中国。

そして空港に着き、怜は椅子で眠っている間に、空港内で買い物をしようと見ていましたが、どれもこれも本当に高いです。市内の価格とは比較になりませんでした。けれども、観光地のものはやはり高かったので、上海は高いという印象が残りました。同じものであれば、シンガポールの方が断然安かったです。
もちろん観光地価格というのはあるでしょうが、中国は物価が安いはずなのに、取れるところは取ろうという意気込みを半端じゃなく感じてしまいました。

そして23時50分シンガポールへ向けての飛行機に乗るために、眠っている怜を抱っこして、飛行機までのバスに一旦乗りました。
怜は19kgあります。夫がバスまで運びました。なかなか席を譲ってくれる人も居ませんでしたが、若い女性が譲ってくれました。奥まった席だったのでわたしがそこに座り、怜を受取る形で座りました。
バスから飛行機に乗るときに、雨が降っていて少し寒かったです。けれどもなかなか飛行機に乗れないで居ると、寒さで怜が泣いて起きてしまいました。
わたしが必死で日本語で怜をあやしていると、日本人女性がたわいも無いおしゃべりで話しかけてきました。なんでも日本語をしゃべる方がいたから嬉しくなって話しかけてきたというのですが、こちらはそれどころではないし、状況見てわからんのか!?と神経疑いたくなりました。しかも重たくて大変なのに。
なんとか無事に飛行機に乗ることが出来ましたが、わたしは殆ど眠ることができませんでした。

次の日はシンガポール初日だというのに、疲れてフラフラなスタートとなりました。
早朝5時ころにシンガポールへと到着しました。
ガイドさんがワゴン車で迎えに来てくれました。このときはわたしたち以外にもう一組だけがワゴンでホテルまで移動しました。
クオリティホテルに2泊することになります。
ここに6時ころに到着しましたが、手荷物を預けて部屋にも入れず半日ツアー出発の9時までに時間があるのです。
夫はバスの仕組みをチェックするために外へと出て行き、怜もついていきましたが、わたしはフラフラだったのでホテルのロビーにいました。20分もすると戻ってきました。ガイドさんはホテルの近くにはバス停はないとか言っていたけれど、すぐそばにありました。
時間はそれでもまだあったので、タクシーで「ムスファタ」というインド系のショッピングセンターへ行くことにしました。24時間開いているし、予め調べておいた、ホテルに一番近くて面白そうな場所でした。
行ってみると、インド系の人ばかりがいます。あらゆるお土産品や食料品、見たことも無いような食べ物もたくさん置いていました。ここでお土産の値段をチェックしておいたり、予め目ぼしいものに目をつけておいたり、気になる食品を購入したり、朝食として怜が食べたがったマカロンを購入しました。
マカロン、わたしはえらくまずく感じたのですが、怜はとっても美味しいと喜んでいました。信じられない。
それから、またタクシーで帰るときに、インド系の運転手さんがわたしたちが泊まるクオリティホテルは、夜の10時頃からの「supper」が安くて美味しいということを話してくれました。
わたしは留学やホームステイなどもしたことがなく、英語は話せるけれどもいわゆる学校英語でやってきたので、supperというと、dinnerの軽い夕食であると思っていたのですが、どうやらsupperとは夕食後の軽い夜食のようなもののようです。色々教えてくれようという感じの運転手さんなので、ドリアンの美味しい店はどこかと聞くと、わたしたちがドリアン初心者であることを確認して、ホテルすぐ隣にあるシンディーという店、そこにあるバタードリアンが美味しいという話をしてくれました。シンディーはその晩すぐに探せましたが、バタードリアンはありませんでした。また明日くると話して、一旦帰りましたが夫は隣の方にも果物屋さんがあるから見に行ってみたいというのです。いやぁ、ここは思い切って食べたい、そういう気持ちを抑えながらもホテルへと戻りました。

シンガポール初日の午前中は、無料参加の半日観光へとバスにて出かけました。まずは4箇所ほど他のホテルへと寄り、ツアーのお客さんが次々とバスへと乗りました。大型バスにそれなりにたくさんの方が乗り終わる頃には優に1時間程度かかっていました。
最初はシンガポールへと上陸した開拓者ともいえるラッフルズ着陸地へと向かいます。ラッフルズの銅像が立っています。しかし膝からさびが出ていて、なんだか膝を銃で打たれて血を流しているかのように見えました。
その場所には大蛇と記念撮影できるという催しをしており、怜や夫は蛇を肩にかけて記念撮影をしました。わたし?気持ち悪くて触れません!怜は気持ちよかったと言っていましたが、他の観光地で同じような催しをしていたときには「蛇はもういい」と言って近づきませんでした。
さ、次の観光地へと移動するためにバスへと向かうと、アジア博物館たるものが目の前にあり、せっかくだからちらりと見れればいいのになぁと思いました。
だけど時間がなくそのまま移動して、マーライオン公園へと行きました。
マーライオン公園では、マーライオンの口から想像以上のすごい勢いで水が噴出していました。水=お金をあらわしていて、シンガポール内でお金が循環して皆が繁栄することの願いもこめられているのだそうです。シンガポールにとっては、マーライオンがたくさんお土産品として購入されたからこそ観光で栄えることができたので、まさに幸福と繁栄のシンボルなのだそうです。そう言われてみると、なにかマーライオングッズでも買ってみたくなるものです。けれどもやっぱり観光地。ムスファタでも販売しているものと同じものが高価に販売されていまいた。
ここでの時間は有り余っていたので、やはりアジア博物館の方へ少し時間をとって欲しかったという思いが残りました。
次に向かったのは、中国系の寺院と、向かい合って市場があるところでした。怜は寺院の門に備えられているお線香をあげたいということで、お線香を捜し求めていると、お寺の一番奥まで進むことになりました。やっとみつけた!そしてお線香を供えると、隣になにやら色んなコインが入っているケースを発見しました。ん?手を入れても取れないね??これは色んな人の名前が書いてあるし、買ったものを入れていっている様だよ。ということはこの辺でコインを売っているところがあるはず、と探せば、コインの売店が割と傍にありました。いくらなのかを聞いてみると、24金メッキのコインが4個で10ドル(約700円)ということです。1個には自分の名前を書いてコイン入れに入れてお供えしていくと、ラッキーだということを説明してくれました。残りが3個あるので、わたしたち3人家族にとっては丁度良かったです。いかにも中国っぽい柄で、いいお土産になりました。
市場もチラリとみたあと、怜はアイスが食べたいと騒ぎました。夫は甘いものばかりダメだ、みたいなこと言うけれど、今朝は朝食にムスファタショッピングセンターで購入したマカロンと、機内食で出された小さなパン程度という、ろくなものを食べておらず、お腹もすいているのです。しかも、ずっとアイスなどが食べられると楽しみにしてきているので、ここは買ってあげたいと説明しました。するとなんだかお怒りぎみなので、わたしもひと言、そんなに言うんならまともな朝食を食べさせておけばよかったじゃないといいました。わたしだって普段は甘いものなどそうそうあげたりはしませんよ。
こうして次の観光地へと行きました。今度はヒンドゥーの寺院です。靴を脱いで入ります。そして、観光客はこれ以上入らないようにという看板も立っているのですが、英語で書いてあるためにわたしたちのツアー参加者はずけずけ入っていく人もいました。わたしはわざとらしくですが、「あっ、ここに信者以外の観光客の人は入らないでって看板たっているわぁ」なんて何度か言いました。みんな慌てて外へ出ていました。
ぐるりと一周してから、バスへと戻ろうとしましたが、中国系なのかインド系なのか、とにかくたくさんの出店が並んでいました。全部見たいと思いながらも、布屋さんだけをチラリと見て価格を聞いてみました。リュックを作りたいと考えていたので、できればいい布を安く調達したいと考えていましたが、思ったよりも高かったです。これもまぁ観光地価格なんですけれどもね。しかも本当に綿100%なのかどうかも怪しかったり(大抵は手触りで判りますが)、農薬の多いインド綿なども混ざっていそうで怖いです。
次は、宝石工場&直売所です。怜は、宝石を作っている様子が見たかったらしく、疲れていてバスに残りたいとも思いつつ、作っているところをずっと見ていました。わたしは宝石のほうもぶらりと一周見てきましたが、怜は作っているところには興味があっても、出来上がった宝石には何にも興味がなかったようで、作成現場を見終わった後はバスへと戻りました。
そしてやっと、おまちかねのフードコートでの食事です。このときは一人10ドル(約700円)分の食事券が渡されました。うちの家族は30ドルです。まずは名物チキンライスを頼みました。夫はほんのりカレー風味のチャーハンやお肉などの盛り合わせを、それから中華のお店でその場で麺をスライスしてゆでてくれる麺を頼み、3人で分け合って食べました。怜は途中でトイレ、とても時間がかかり戻る頃にはそろそろバスへとかえる5分前となってしまいました。そこで残りの券でカキ氷をテイクアウトすることにしました。わたしの持っている券で3個分のカキ氷を買うことができ、使い切りました。夫は、チキンライスをテイクアウトで頼んでいたようです。急いでバスへと戻り、バス内でかき氷を食べました。シンガポールのバスは基本的に飲食禁止なのですが、予めガイドさんに尋ねると食べてもいいと運転手さんが許可してくれました。ガラス窓にも飲食禁止のシールは付いているんですけれどもね。もちろん、公共の乗り物でこれをやってしまうと罰金刑に処せられます。
夫と怜が頼んだカキ氷は「アイスかちゃん」という、一番カラフルでおいしそうなかき氷です。一番下に蜜豆が入っていて、その上に寒天やバニラアイス、それから氷をかけられて、シロップや果物がたっぷり乗ります。だけど色んなものが入りすぎているようで、とうきびなんかも入っていました。わたしもこれを頼もうか悩んだのですが、作っている様子をみて龍眼(ろんがん)というフルーツが入っているカキ氷を頼みました。いやぁ・・・見た目ほどおいしいものでもなかったですが、南国という感じは十分味わえました。夫は元々果物がそれほど好きではないこともあってか、「うぇえ!!!」と言っていました。怜も、けっこう残しました。日本のシンプルなカキ氷のほうがお好みのようです。けれども、さんざんカキ氷と騒いでいたので、良かったのではないでしょうか。
さて、その後14時には免税店であるDFCへと案内され解散となりましたが、わたしたち家族はそんなものには興味がないので、すぐにその場をおさらばしました。
もう疲れすぎていたので、ホテルへと行きました。このまま怜もお風呂に入って寝るだろうと思ったのですが、お風呂に入るとなんだかわたしも怜も元気になりました。わたしは特に飛行機でほぼ一睡もしていない常態だったのですが、なんとか持ち直しました。そこで今度はシンガポール博物館へと行くことにしました。夫が行きたがったからなのですが、かなり面白くなさそうな予感がしていたのが的中でした。そしてシンガポール上陸者の名前を取っていて、一番高級なホテルであるラッフルズホテルへ。お目当てのカヤジャムをたくさん購入して帰ることにしました。
割とここまではバスにも地下鉄にもスムーズに乗れてきたのですが、帰りのバスにどうもうまく乗れません。このバスではないといわれてしまうのです。疲れ果ててCityHall駅にあるフードコートで食事をしようと思いましたが、フードコート隣においしそうなお店があったのでそちらへ入りました。色んなものがクレープで巻かれているものが出るところです。北京ダックのクレープがあったので、これを2セット頼んで3人で食べました。会計をしたときに、妙に高かったので店員さんに尋ねると、17%セントの消費税が付いていました。しまった、やってしまった、という感じでした。フードコートやファーストフードのようなところであればこういった税はとられないのですが、他の飲食店では取られるのが一般的なのです。うっかりしていましたが、おいしかったのでよしとします。
そして、明日とあさっての2日間、MRI(地下鉄&バス)乗り放題で使えるツーリストパスをCityHall駅にて購入してから地下鉄とタクシーを乗り継いでホテルへと帰りました。
この夜はバスの中で怜は眠ってしまいました。無理もないです。歩き通してすでに20時(日本時間では21時)でしたし、普段は20時頃に眠っている子です。そのままタクシーそれからホテルへと着いたらベッドへと寝かせました。
夫もわたしも疲れていたし、お風呂に入ってこの日はさっと眠りました。

◎ シンガポール2日目
この日は午前中科学館へと向かいました。バスを乗り継いでいくのですが、初めのバスを降りたところで怜が便意を催したのでホテルのトイレを借りました。周りを見渡すとなにやらにぎわっている通りがあるので少し寄り道することにしました。行ってみると、なんと昨日タクシーで行ったムスファタショッピングセンターがありました。いや、支店かもしれないということで、店員さんらしき人に聞いてみると、この店はシンガポールに1店舗しかないとのこと。怜は自分の肩の高さほどもある大きなクラッカーを欲しがりましたが、これは空港へはおそらく火薬が入っているので持ち込めないし、だからやるとすればホテルでやってしまえば大丈夫。けれども今買っていくのにはこれから科学館や動物園へと行くのにとても荷物になってじゃまなので、後で買う事を約束してその場を去りました。地下鉄駅へと向かったつもりが道を間違えて大幅に時間と体力を食ってしまいました。
こうしてなんとか次の地下鉄駅へとたどり着き、ムスファタ寄り道⇒地下鉄⇒バスを乗り継いで遠くの科学館へと来たのです。これだけで十分ツーリストパスのこの日の分の元は取れてしまいました。科学館、といっても、子どもの遊び場に科学を取り入れましたという感じの場所で、大変な賑わいを見せていました。科学館内にいる間にちょうどスコールが降っていました。賞味1時間程度で周り、動物園へと向かうためにまたバスへ、そしてバスターミナルのフードコートにて食事をしました。夫が選んだ食事は、またいつものカレー味のようなチャーハンとスパイシーな肉の盛り合わせで、さすがになんだか食べ飽きてきた感じに思えました。わたしは、パイでカップが覆われたスープを頼んだのですが、パイはかなり怜に食べられました。スープはめちゃしょっぱかったです。怜は、麺でした。ラーメンっぽいのですが、日本にはない食感の麺でした。そしてデザートに、怜は現地のバナナが食べたいといっていたので、バナナが盛り合わさっていて、アイスがバニラ、チョコ、苺と、3つ乗っているデザートを一皿頼んで3人で分けて食べました。バナナ、すご~く甘くて美味しかったです!
それから、バスに乗りシンガポール動物園へと向かいます。遠いので、時間がかかりました。動物園入り口にて券を買うとき、シンガポール動物園を出て向えにあるナイトサファリの券もセットで売っているタイプがありました。トラムという、バスのような乗り物もオプション購入でつけることができたので、シンガポールzoo入場券+トラム、ナイトサファリ+トラムという券の購入をまとめてしました。日本円にして8000円を超えてしまいました。
実際に入ってみて、シンガポールZOOのトラムだけはいらなかったです。結局、歩いて小道にはいって見る見所がたくさんで、トラムはほとんど意味がありませんでした。
ナイトサファリのトラムは逆に必須でした。45分、乗っているだけでまるごと一周動物たちをみてこれるし、子どもは寝ている時間なのでこの時間までは歩きとおせないです。
シンガポールzooでは、これまで日本の動物園で見ることができなかった動物たちをたくさん見ることができました。しかも、檻や柵がぜんぜん無いんです!世界の動物園関係者が視察にくるということもよく分かります。ナイトサファリも同じようなつくりになっていて、時にはトラムのすぐ隣に居たりもしました。ナイトサファリは、シンガポール動物園とは全然ちがう別の施設なのですが、シンガポール動物園と同じ動物も結構いました。ここまで来たなら昼夜あわせてみておきたいですね。それから、ナイトサファリオープン前の18時45分ころから、ファイアーショーが入り口付近の広場で開催されるのですが、これが案外面白かったです。
このショーを座ってみるために、また夕食を安く済ませるために夫は視察へと行ってきました。そして、物価が割安なシンガポール動物園の方の食べ物や飲み物を購入してテイクアウトでナイトサファリへと向かいました。
後で夫の話を聞くと、このときチリクラブがあったのですが高いのでやめたと言います。結局チリクラブに関して言ってしまえば、さんざん食べたいといい続けていたくせに食べそびれて帰ったのですが、食べれるときに食べておかないと節約でもないただケチっていては返って損をするのです。どうして食べなかったのか、食べる楽しみも旅行の楽しみだと常々旅行中にも言っていたのにと、聞いていて気分が悪くなりました。
さて、ファイアーショーに関して言うと、ツアーの無料半日観光でガイドさんによるオプションツアーの売込を聞いていると、ファイアーショーはオプションを申し込まないと席が取られていて見れないと言うし、ナイトサファリのトラムも日本語トラム以外にもたくさんあるからオプションツアーを申し込まないと乗れないというのですが、全くそんなこともなく夫が段取りよく予約したり、席を取ったりしてくれました。お陰で日本円にして一人2万円もするオプションツアーに申し込んで6万円ぼったくられることもなく、入園料8000円+食事各種合わせても1万円以下で済みました。どういう脅し文句の宣伝をするのだろうか、HISは。それとも、ガイドさんの営業成績になるために必死だったのだろうか?いずれにしてもあまり印象は良くないですね、こういう商法は。

ファイアーショーでは、炎を吐かれるたびに客席に座っているわたしたちまでが熱く感じました。それから、すごい湿気なので、開封したポテトチップスと現地の御用達フワフワえびチップがすごい勢いで湿気ていきます。隣の客席の白人男性がゲストとして舞台上へと引っ張られていったのですが、夫がショーの一部始終を撮影していたので、彼に話しかけて後日日本からメールにてデータを送信するという話をすると大変喜んでくれました。彼はイギリスから来ているようで、名刺を一枚もらいました。

続いてナイトサファリがオープンし、さっそくトラム乗り場へと並びました。
やっと乗り始めたとき、あいている席へと乗ろうとすると、中国人のガイドが現れ「はい、そこっ!ここはわたしたちが予約していますからね~!!」と大声で怒鳴り散らしてきました。日本人の女子高生が修学旅行で来ているようでぞろぞろ乗り込んできました。それにしてもあまりの感じの悪さでビックリです。だって予約してお金を払っているのはわたしたちも一緒だからです。思わず「なんだ、ずいぶん感じ悪いなぁ~。」と大声でポロリと言ってしまいました。あぁっ、中国人だと思ったからでかい声で言ってしまったけれど、日本語分かるんだよね・・・。まぁいいや、本当に感じ悪いんだから。わたしは夫にここは女子高生ばかりでうるさそうだし席移動しない?と言うと、ここに居座って感じの悪さを発してやると言います。いや、そんな必要別にないと思いながらも、わたしたちが移動する必要も、同じく別にないわけだと思いました。
ナイトサファリでは写真などは取れませんが、見ていて楽しめました。暗くて見えにくいところをよ~く見てみると、「いる!!」という感じがまたよかったです。怜も、必死に「どこ?どこ?!?!」と、探し続けるのに夢中でした。
そして、トラムが到着して帰るバスの中でも怜はすぐに眠りにつきました。

さ、夫とわたしはせっかくなのだから思いっきりシンガポールを楽しみたいのです。ふと眼が覚めてわたしがいないことに気がついてしまったら大泣きして部屋から飛び出すというリスクはありましたが、疲れていても1日目であればふと目覚めてしまうことがあってもこれだけ疲れている2日目には起きないと思いました。それでもずっと心配ではありましたが、翌朝までぐっすり眠っていました。

夫とわたしは、まずホテル隣のドリアン屋さん「Shindy」へと行きました。お店の名前はそのまま店主のシンディーの名前なのです。夫が隣の店にも行くというので行って話しを聞くと、ここではパック売りされているドリアンを見ました。わたしは試しに「パック売りのドリアンはホテルに持ち込めるか?翌朝でも食べられるか?翌日昼ならどうか?」など聞きましたが全て大丈夫という返事でした。「バタードリアンはどれか」と聞くと、昨日シンディーのお店で食べさせてくれたドリアンの色とは違う普通のタイプのドリアンの色のほうを指差してこれと言います。話していてもどこかうわの空のような感じで、良い印象を受けませんでした。
今度はシンディーのほうへ行き、息子にも食べさせたいから朝まで持つかときけば、「朝にはにおいだけきつくなっておいしくなくなっている。そもそもホテルには持ち込めないし、持ち込ませたらシンディーがホテルに怒られる」という回答でした。バタードリアンはギリギリ別なお客に買われてしまったけれど、味見をちょっと分けてくれました。これはめっちゃ美味しい!!!うちらは二番手に美味しいドリアンを堪能することとしました。これでも十分に美味しかったです。ムスファタで乾燥ドリアンを購入してホテルで試食していたので夫も怜もドリアンはまずい!!と言っていたのですが、生のドリアンは夫も美味しく感じたようです。わたしは、ドライドリアンもぜんぜんいけましたよ^^
現地の人は95%の人がドリアンが好きと言います。日本人はその逆だそうです。おそらく、日本で言う納豆のようなものでしょうか?鼻に近づけてにおいを嗅いでいないで、えいやぁつと、食べてしまえば美味しいんですよ。
さぁ、これは美味しいということで、なんとか明日しか時間はなくなってしまったけれども、怜にも食べさせてあげたいという思いがとても強くなりました。翌日時間があればまた行こうと開店時間もチェックしましたが、セントーサ島からホテルへと帰ったときが唯一のチャンスだということが分かりました。

◎ 3日目
この日は一日、セントーサ島で過ごす予定です。本当は朝早くに出かけられるのであれば、夫がマリーナベイへと行きたいと言っていました。だけど考えただけでホテルから遠いし、バス乗り継ぎ時間の感覚も夫はやっと分かってきてくれた(小さい子連れなのにかなり強硬でももっとあちこち行けると今まで考えている感じでした)のですが、さすがに朝食終了時間の10時までの10分前に朝食会場へと行った時点で諦めました。本当は朝お風呂に入らなければ十分時間もあったかと思うのですが、この常夏で汗だくで過ごしているのにお風呂に入らず眠ってしまった怜をそのまま連れまわすにも行かないかと思いました。そのまま夜も飛行機だし、大変なことになりそうです。ホテルから空港へと向かうときに別のお客さんがベイに泊まっているので寄るので、それでいいと言っていました。
朝食をたくさん皿に盛って、食べれるだけ食べました。おなか一杯食べて、10時30分すぎにホテルを出発しました。
セントーサへは11時30分に着きました。まずは水族館です。とても大きな水族館で海底トンネル風の施設が見所だというので楽しみにしていたのですが、沖縄のちゅら海水族館の方がはるかにすごかった印象です。ちゅら海はくじらなんかも優雅に泳いでいた覚えがありますが、どうもアンダーウォーターワールドのこちらの水族館ではサメばかりがやたらと泳いでいて圧迫感を受けるせいかもしれません。
水族館をそこそこに、ピンクイルカに触れるというドルフィンラグーンへと移りました。しかしそこはどうみてもラグーンというような美しい砂浜があるわけでもなく、イルカショーをやるような場所にしか見えません。案の定、イルカショーが始まり、そして、終わりました・・・。結構な時間、待ったんですけれどね。係員の人にイルカに触れるのはいつなのかとたずねると、今回の14時からの時間ではなくて16時からであって、そのときにはショーはやらずに触るだけだそうです。う~ん、触るの楽しみだったけれども、さすがに16時にもう一度ここに来るにも再入館できないし、すっぱり諦めて島で他のアクティビティーを楽しんだほうがよさそうでした。
浜辺へと移動する前に、飲み物を売店で買っていったのですが、その高いこと。市内では大抵1ドル(約70円)で買え、ムスファタでは0.5ドルで買える水やジュースが、ここでは3ドルしています。更に自販機では3ドルの表示が、隣の売店では4ドルの表示が!!ここは自販機でとがんばったのですが、なかなか紙幣を受け付けてくれずに1本だけオレンジジュースを硬貨で購入し、諦めて売店の方で買うことにしました。4ドル(約280円)もするのか~!と思いながらコーラを一本夫が持ってレジに並ぶと、店員が、先に自販機で購入したジュースも一緒に会計するのかと言います。冗談じゃない、ペットボトル2本分で8ドルも取られたくないなぁと思いながら自販機で購入した旨を説明すると、なにやら言っています。よく理解できないでいると、隣にいた中国系の方が、中国の数字を並べておそらく中国語で必死に説明してくれています。レジで理解できていないわたしたちを見て、英語ではなくて中国語なら通じるのかと思って言ってくれていたのか、それともご本人が英語はしゃべられないのか。わたしは中国語などさっぱり勉強したことも無いのでチンプンカンプンでしたが、一生懸命聞こうとしていると、中国語の数字のようなものが聞こえてきました。「いー、ある・・・」あれ?もしかしてとわたしは英語で「もしかして2本で4ドルですか?」と聞き返すと当たりでした。感謝です。
15時頃から浜辺へジュースを持って行き、休憩しながら過ごしていましたが、怜は海にどんどん浸かっていきました。そしてついにパンツも濡れ、肩までどっぷり海に浸かって遊んでいました。45分ほどゆっくりと遊んでから移動しようと思いましたが、これまたシャワーがどこにあるのか良く分からず、ゴミ整理をしていたおじちゃんに聞きました。
16時、マーライオンタワーへと行きました。
17時ころお腹もすいて来たし丁度食べたいと思っていたエッグタルトを発見したので1個試しに購入。これがカスタードっぽい感じのもので美味しくて、怜とわたしはもう一個タルトを、夫は別なものを購入して18時30分ころに光と水のショー、「ソング オブ ザ シー」を見るために、移動した先のモノレール駅で食べました。中華系のお店だったのですが、どう見てもケーキ風なものがおいてあるのに店の看板には「餅」と書いています。餅と書いてケーキの意味も含むのでしょうね。
なんと残念なことに光と水のショーの座席が取れませんでした。これは元々夫が10ドルかかるとケチったためにこういう事態になってしまったのです。わたしはどうして観光に来ているのにこういうポイントでケチって楽しめない道を歩もうとするのか理解できません。ここまで来て結局見れなかったら、時間も観光に来るためのお金ももっと存しているわけですから。ただ、この日は20時にはこの場を去らなくては21時のホテル集合時間に間に合わないために、席が取れなかったことが結果オーライとなりました。この光のショーは席を取ってみることができれば本当はとても良かったけれど、昨日はナイトサファリで動かせないし、初日は疲れて動けなかったので今日しか時間がなかったのです。モノレール駅でかすかに見える光のショーを覗き見して、20時に出発しました。
セントーサをモノレールで出てから、バス、地下鉄、タクシーを乗り継いでと考えたのですが、地下鉄で夫とわたしだけが改札に入ろうとしたときに、怜だけが入れなくなってしまいました。何だおかしいと駅員に尋ねてみると、どうやら大人のパスは終日券だったようですが、子どものパスが終日券ではなかったようです。今まで問題なく出られていたのにと思っていたけれど、よくよく考え直してみるとさんざんバスで変な音がなっていたけれど気にしないで乗っていて今更引っかかったという感じです。入るためには10ドル必要だといわれたのですが、実はセントーサ島で現金は使い切ってしまいました。「今日9時までにホテルに戻って飛行機に乗らないとならない」と駅員に説明すると、見逃して入れてくれました。さて、出るときにはどうしたらいいだろうかと考えると、ツーリストパスが二つあるので一人先に外へ出てデポジットである10ドルを返してもらえばそれで料金支払いをして出られるという案があったものの、時間が何しろ無かったことと、現実的には払い戻しが出来る機械が到着した駅にはありませんでした。そういうことも予想に含めて、怜とわたしは足並みそろえて改札をすり抜けることにしました。もう強行もいいところですが、ツーリストパスのデポジットも2枚分、10ドルは空港でも払戻しの時間も過ぎているしMRI(地下鉄&バス)の収益としてそのまま20ドル入ることになるのです。見逃してくださいという気持ちです。
そして、20時50分に怜を連れてシンディーの店へと到着しました。ドリアンを食べるにもやはり10ドルかかります。しかしシンガポールドルはひとつも持っていません。そこでシンディーに、ツーリストパスを渡すか、若しくは日本円で1000円を渡しムスファタの交換所すれば1.5倍になることを説明するという作戦で向かいました。ところが今日もシンディーのお店ではバタードリアンも品切れ、次いで美味しいドリアンも品切れで明日の分ばかりしか残っていないと言います。味見だけでいいということで説明すると、無料で味見させてくれるというのですが、さすがにそれは悪いので、ツーリストパスをシンディーに渡し、換金すると10ドルになることを説明しました。わたしたちはもう交換する機会が完全にないためにシンディーに交換してもらえればいいという話をすると、シンディーは恐縮しながらも受け取ってくれました。だけどツーリストパスは居住者では手に入れられないので記念として取っておくと言っていました。
味見をと、怜の口へと近づけると「臭い!!!」と逃げていきました。口に乗せても、どうしても食べようとしません。諦めて、その一つまみをわたしと夫で分けて食べました。「こういうものはね、食べちゃおうって食べた人だけが美味しい思いをできるんだよ」と言っておきました。
21時、ホテルからバスが空港へと向かって出発しました。夫の念願のマリーナベイに着いたとき、怜の歯磨きのために下車しました。そして、バスに乗って空港へと着きました。空港は、上海の空港や観光地の暴利とは違って普通の値段でした。空港のパンフレットには、一般商店よりも高い価格だったら返品受け付けますというような謳い文句が表示されていました。更にここの空港では無料のラウンジもあるし、色々遊ぶ施設や映画も無料だったりとしているようです。怜が眠ってしまった23時30から最後に30分ずつ夫と交代で空港探検へ行き、0時55分発の飛行機へと搭乗しました。

翌日5時50分に上海着です。また少し時間があって、中国元もあったので、お土産にお花がお湯の中で開くジャスミンティーを購入しました。
8時30分、上海を出発し、千歳へと向かいます。その機内で眠ったのはどうやらわたしだけのようで気がつけば10時だったのですが、夫も怜も元気に起きていました。
12時20分、千歳に到着。洗濯物も慌しく行い、2回分干していきました。そして夜ご飯、お風呂を早めに済ませて、18時には怜と眠りました。夫はかなり疲れていたようで、お昼到着後に眠りました。
翌日から、夫は仕事、怜は幼稚園、わたしは幼稚園の読み聞かせ。夜は皆早く寝ていたのですが、わたしだけは時差ぼけなのか、夜中なかなか眠れずに色々パソコンや料理などをしていました。
いやぁ、シンガポール、たのしかったぁ~☆☆☆

◎ トイレは汚い!!
直接便座に座ってはいけないです!!皆、洋式トイレで腰を浮かせたまま用を足すのか、便座に尿がかかっています。ホテルでも、飛行機内でも、空港でも、上海からシンガポール、全部そうでした。綺麗好きなのか違うのか、分からないです、本当に。。。

◎ シンガポールは交通事故が多い!
特にタクシー運転手がCrasyなのだそうです。シンガポールについたころからやたらとクラクションの音を聞きました。けれども派手に事故している形跡はみなかったので、どうなのかとタクシー運転手さんに尋ねてみると、タクシー運転手が一番乱暴な運転で危ないとか。

◎ ドリアンショップシンディーとなりのドリアンショップに警察が!
タクシーにて移動中に見た光景です。隣のドリアンショップに長居しなくてよかった~!!

そんなこんなで、もりだくさんのシンガポール旅行でした^^

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

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ようこそ!にゃんぺいのきまま館へ
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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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