わたしの歯科系アレルギー検査②

北大大学病院口腔歯科にてアレルギー検査をしたときの話です。
わたしはこれまでのアレルギーの経緯について先生にお話して、パッチ検査を受けることとなりました。

検査には、①日程調整 ②パッチ貼る ③貼った2日後に通院してパッチはがす ④さらにその翌日経過を見るために通院 ⑤貼った日の一週間後に通院 ⑥結果報告

あれ、全部で6回も通っていたんだと、今気づきました。ずっと5回だと思っていたので。

これがまた、なんとも機械的な対応で、最近父の入院のこともあって医師不審だったのですが、更に増大しました。
まず、日程があわないということで、担当の先生は3人でした。おそらくチームを組んでいると見られる若い先生たちでした。北海道大学口腔A診療科というところの、濱田先生という女性の先生、小堀先生という若いけれど30代中ほどの男性の先生、他助手っぽい先生という感じでした。

話をして、リジンのことも検査して欲しいと言っているにも関わらず、パッチを貼られてからすぐに確認したところ、金属のみでリジンはしていなかったので付け加えたという感じでした。
それから、初診は皆、歯のチェックをしなくてはいけないということで2回目に行ったときに割りと年配の先生が担当してくださったのですが、初めて日程調整に行った日にも、濱田先生のほうで「そうそう、歯を見なければならなかった」ということで、一度見ているのです。けれどもまた見られる=余計に請求されると思い、年配の先生に「前回も見ていただきましたが・・・?」と言ってみました。息子怜も一緒だったので、年配の医師は色々と怜にも質問したりしながら診察を進めていきまいたが、結局カルテ自体が他人のものだったりしまして、驚きました。どうりでどれもこれも記録と実際の歯が違う、というわけです。わたしは、年配の先生に聞かれたことに対して普通に答えていただけなのですが、どうもこちらの先生はわたしのことを、どこかの医師のような話し方をするということで、医療関係者か?としつこく聞いてくるのです。主婦だと答えても、何の仕事をしていたかとか、あまりにも何度も聞いてくるので、「最初は商社で働いていて、次は雪印に入社して、次は地方の役所で教育委員会にいました」と答えました。なんだろう、まるで面接みたいな・・・・。

さて、実際のアレルギー検査です。
全部で14種類の薬品を染み込ませたテープを、背中一面に貼りました。これで反応が出たところがアレルギーがあるという初歩的なアレルギー検査です。
貼って割りとすぐからかゆくなりました。そもそも、テープの素材がポリエチレンなので、わたしはダメなんです。
小堀医師は、「我慢できないならやめたほうがいい、実際全部が真っ赤になって判定不能という人もいるから」というのですが、それではわたしの歯につめるものが判らないと思い、がんばりました。
お風呂に入っても背中は水になるべくつけないようにして、更にごしごしできません。

テープをはがした日には、14箇所のテープのうち、7箇所が赤くなっていました。実に半分です。ただ、わたしはこの時点で、テープ素材のところが赤くなっていないし、つまりは赤くならなくてもダメな素材はダメなのだと確信し、ある意味アレルギー検査の意味ってそれほど重要ではないのではないかと思いました。
そして、テープをはがしてからはほとんどのかゆみも引いていったのですが、10日ほど経ってから急激にかゆみがひどくなって赤く盛り上がって腫れて痒くなった場所がありました。なので電話すると、濱田医師は「来てもらわないことにはなんとも。かゆみを抑える薬もあるかもしれないけれどないかもしれない」というだけで、検査結果もまだ出ていないということなので、無駄足を踏むと思い、かゆみをそのままこらえることにしました。その後5日ほどは激しいかゆみが続きました。

そして、検査結果の日に病院へ行くと、その日は濱田医師と、小堀医師がいました。
説明を聞くと、「経過を観察した結果、どれもアレルギーではない」と言います。
「そうですか、わかりました。けれども、以前一度電話したときにひどく赤く腫れていたのですけれども?」
「いや、そのとき来ていないから今となっては分からない。来てといったでしょう?」とそのとき電話に出た濱田医師が言います。
「確かに来てみてといわれたけれども、それがアレルギーの検査結果に影響するなんていっていなかったですよね。来てもかゆみを止める薬もないかもしれないといわれたし、結果も出てないというし、遠いので無駄足になるのはいやなのでこなかったんです。」
「それでも見ていないので分からない」
「そうですか、わかりました」わたしは、医師の発言に対しては、まずは分かりましたというように心がけています。「けれど、そうしますと、どうして10日ほどたってから急激にかゆみが増したのでしょうね?」と続けました。
ここからは男性の恐らくこのチームの中では一番上と思われる小堀先生が殆どわたしの話し相手です。「いや、非常に珍しいケースです。普通はアレルギーがあるのであれば、貼った翌日から反応がでるもので、そんな10日くらい経ってから急に出るなんて、かぶれたか何かだとしか思えない。つまり、それ単体に対しての反応ではないという見方が強い」そういいます。
わたしはそれでは全然納得できないのですが「そうですか、わかりました。では、何かに反応したということですが、それはわたしがその間にその場所と反応するようなものを食べたとか、皮膚に直接接触させたという風に考えてよろしいのですね?そのようにわたしの担当の歯科医師にも伝えさせていただきます。」と言いました。
小堀医師は「分からない、けれど、アレルギー反応ではない。理論的でない!」と、プチ切れ気味に言います。

現在も入院中の父のときにもそうでしたが、自身のない医師ほど、大した知識もないような患者やその家族の質問に対してピリピリしてわめき散らす傾向があるようです。まぁ、これは医師に限った話でもなく、会社勤めしていたときにも往々にそうでしたが。

わたしにはどこが理論的ではないのかさっぱり理解に苦しみましたが、そんなことはどうでもいいです。「そうですか、わかりました。いま確認はしていないのですが、あの赤く腫れた反応が出てはいないですけれども、今でもかさぶたのような皮膚の色が変色していると思うのですが、これはアレルギーでもなんでもないということでよろしいですね。」
ここまで言って、やっと実際どうなっているのかを見る気になったようです。見てみると、やはり茶変した皮膚が4番と17番の場所にくっきり残っていたようで、「珍しいね、これだけ残っているとすればもしかしたらアレルギー反応かもしれない」と言います。
「では、結果はアレルギーだということでいいのですか?」
「いや、疑いが強いというだけで、アレルギーとは言い切れない」と言います。どうしてなのかわたしにしてみれば疑問ですが、理論的でないどうこうよりも、一度自分たちの出した結果を否定するのが単に嫌なだけだと感じました。
「わかりました、ではわたしの歯科医師に、そのように伝えさせていだだきます。」

そして、検査結果を紙にして出すかとたずねられましたが、どうせ使えないものなのでお断りしました。
これまでの反応の経過の一覧も、どうせこうやってアレルギーじゃないといわれるのを予想していて、写メで撮って転用してメモしていますし。
そして、勝ち誇ったように濱田医師は「リジンはアレルギー出ていません!」というのです。
なんなんだろうこの人たちは。お前はアレルギーだと勘違いしているんだよ、とでも言いたいかのような態度です。
今回のことでアレルギー検査というものはいかなるものか、よく分かりました。
結局のところ、限りなく怪しい物質は、自分が気をつけて遠ざけるしかないということです。そうだと思っていたからこそ、これまでアレルギー検査などは受けたこともなかったのですけれどもね。検査ではっきり結果がでるようなものであれば、逆に普段生活していてもハッキリ分かるから、検査するまでもないということです。
科学物質過敏症という症状に対しても、まだまだ理解が低いようで、「気のせいだ」と言われてしまう場合もあるということらしいです。ひどい人になると、息を吸うためだけに住む場所を転々として生活している方もいるようで、そのことを題材にした映画もあるようです。
わたしもアレルギーではないといわれた今、「過敏症」と言っておけばいいのでしょう。

時間とお金をかけて得られた結果はこれくらいでした。う~ん、どれも自分で分かっていたことばかりなので、やっぱり医師はあてにならないという思いが強まってしまったというだけなのかもしれません。
そして歯科医師に相談したところ、とりあえずセメントで持たせて、これから技術なり金銭的なりに機会があれば詰め物を検討すれば安全ではないかと言います。まぁ仕方ない。虫歯は少ないほうですが歯を大切にしておけば良かったということですよね~。
わたしは自身でこういう症状に気づいているけれども、気づかずに生活して苦しい思いをしている方はたくさんいるのではないかと思います。西洋医学の観点も、対処療法ばかりではなく、もう少しそういった方々の人助けになるような観点からの医療への取り組みをしてくれてもいいのではないかと思いますが、現状、確定した症状の方々への対応に追われている病院へそれを望むのは難しいことなのです。
自分のことは自分で!まるで5才のわが子に言い聞かすかのように、自分にも言い続けている日々です。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

わたしの歯科系アレルギー検査① 通院電車と氷濤祭りの気になるマナー

この1月に、地元の歯科にて、アレルギーのためにプラスチック素材であるリジンの詰め物を除去したわたし。
そもそもの発端は、ポリエステルに対して過敏症があるということに気づいたことをキッカケに、洋服、歯ブラシなど、さまざまな対処をしてきました。
いわゆるプラスチック系素材がダメなので、口周辺の荒れがひどいのもこのせいかと思い、リジンを取り除いたのです。さて、ここには現在、仮止め用のセメントが埋められているのですが、ここに何を詰めればいいのかが問題になってきました。
そもそも地元の歯科へと足を運んだのには、ここでしか歯の治療をしたことがなく、記録も全て残っていると思ったからです。プラスチック素材を使うと、治療をしたときに聞いた覚えはあったけれども確かめることができるのは治療した歯科だけかと思いました。それに、函館へ父のお見舞いへ行く途中なので、遠いけれども寄れないわけでもないからです。

さて、プラ系素材のリジンを取り除いた後、地元の歯科の先生には、歯科が付属しているような大きな病院例えば北大大学病院などでのアレルギー検査をすることをすすめられました。先生がおっしゃるには、リジンアレルギーの場合には、体の全身症状として、手のひらや足の裏などに、小さな水泡ができたりもするということでしたが、よほど強い症状の場合だといいます。わたしは、手はアトピーということもあって、最近はそうでもありませんが、掌や指の間に小水疱ができることはこれまで多々ありました。だからと言って、これがリジンの性かどうかは不明です。

アレルギー検査など今までしたこともなかったので、どういうものかもピンときませんでしたが、とりあえず受けないことには次の詰め物が決まらないわけです。アレルギー体質なので、うかつなものを詰めるとまた大変な目にあってしまいます。

ということで、早速北大歯科へ問い合わせると、なんでも最低でも5回ほど病院へ行かなければならないようです。片道一時間半はかかるので、それだけでも憂鬱でした。けれどもとりあえずそんなことは考えても仕方ないので、ぱっぱと受けてしまうことにしました。

息子が冬休み期間からはじめたので初めの2回は連れて行きました。ただ、息子も退屈してしまうし、一緒に歩くとなると、地下鉄一駅くらいなのでわたし一人で行けば歩いても平気なものを、息子も連れてだと地下鉄を利用しなければならなかったり、また、2回目の時には駐車場が無料であることを知ったので車で行ってみたのですが、冬のために道が混んでいて、下手すると間に合わない可能性が高いことがわかりました。それに、昼食を持参していくにも重たいし邪魔だし朝忙しすぎて大変だし、だからと言って札幌で食べようとすると、わたし一人であれば適当なものでと思えるけれど、息子がいるとそういうわけにもいかない(最近、添加物がちょっとでも入っているものを食べると、鼻の下が真っ赤になってしまう)ので、金銭的、時間的に非常に大変だということが分かりました。なので3回目は冬休み中なので、園にお預けにして、4回、5回目は、通園時間内に行きました。
さっさと結果を知ることができないと、次函館へお見舞いに行く途中に歯科へ寄っていけないと思ったからです。

こうしてわたしのプチ札幌通院が始まったのですが、電車の中のマナーが非常に見ものだったということと、医師のアレルギーに対する認識と対応について、さまざまなことを感じずにはいられませんでした。

まず電車での出来事について。
わたしは今回、息子が園にいる間は一人で電車に乗り、決まって窓際の席に座り隣に誰か見知らぬ人が来て相席しているという状態になるのですが、電車が出発するとなぜかふと通路を見るとお年寄りの主に女性が立っているのです。一度だけおじいちゃんがたっていたことがあります。
帰る時などは、大抵1時代の電車に乗るために、家から握ってきたおにぎりを食べているのですが、食べ終わるとなぜかそこにお年寄りが立っている、という感じです。
わたしは、腹ごしらえもしたことだし、札幌をさんざん歩き回った後だけれど少し腰掛けて疲れもとれているので、すぐに声をかけて席を譲ります。
わたしも本を読むことやおにぎりを食べるのに夢中だったりして気づくのが遅かったりもするのですが、それでも出発後それほど経たない時間には譲っていました。
ただ、毎回譲っているときに、気になるのは周りのおばさんのひと言。隣に若い20代の自分の娘が座っているようで「えらいよね~」みたいなことを小声で言っている隣で「若いんだからそれくらい当然でしょ」と言っています。妙にむかついたのは、「いやいや、本当にそう思っているなら、隣に座っている娘に譲らせなさい」というのと、「そういう人に限って若い頃に席の1つも譲ったことがない」と思ったのに加えて、おばさんの電車でのマナーにカチンと来ていたからです。
このアレルギー検査で、2回ほど、息子怜を連れて電車に乗ることがありましたが、快速列車に乗っているために二人がけタイプの席が多いのですが、わたしたちが空席の二人がけに座ろうとすると、おばさんが割り込んで入ってきて座ったことが2回もありました。同じことが別のおばさんによって、それぞれ別の列車で、だけど2回も、ですよ!おばさんは、立っていて席がなかったわけではないのです。ただ、どの席も二人がけのために隣にだれかと相席のために、独りで座りたかったのだと思います。けれども、そのためにわたしたちは座れなくなりました。他に二人がけの席が、2席とも並んで空席のところが空いていないからです。
いや、別にひざの上に怜を乗せて座ればいいだけなので、そうやって座っていました。そのおばさんの隣に。なんたって、別に席を移動したってどうせこうしてわたしたちが座ればもっと窮屈な思いをするのだから、元の席に戻ればいいのに、なんて内心思っていました。
けれども、息子怜は、そういう事に関しては割りと平和主義なんです。「ママ、電車の中探検したい!」と言って、歩いて移動したがります。こうしてうろうろして、二人がけの席が空いてる場所がでてくるまで、決して座りたがらないのです。2回ともそうでした。

それから、相席するときに、「失礼します」とか「空いていますか」などと声をかけてから座るのが気持ちいい方法かとわたしは考えているのですが、無言で座ってくるのは決まっておばさんなんです。疲れているのかもしれないし、わたしもそういいながらも、どこかでは挨拶し忘れていて非礼なやつだと思われていることもあるのかもしれません。
けれども、そういったおばさんの中に、わたしがお年寄りに席を譲ったときに「まぁ何てエライの?替わりにあなたの荷物を持ってあげましょう!」なんて言ってくるおばさんも居ました。きっとおばさんの苦渋の?とっさのひと言だったのだと思います。けれどもわたしは、基本移動中などは特にボーっとしていることが多いので、忘れ物しやすいために預けるということは非常にためらってしまうものです。それにこう言っては失礼なのかもしれませんが、あてつけの親切なんていらないです。丁寧にお断りさせていただきました。

電車といえば、そうそう、割り込みしてくるおばさんもいました。札幌駅での長蛇の列の順番を無視して、わたしの3人ほど前から割り込もうとしました。後ろの方からは若い男性の「ババァまじむかつく」などの野次が聞こえてきます。わたしも割り込みが嫌いなので、おばさんのジャンバーをグイとつかんで、「順番を守ってください」とひと言いうと、不明な言葉をごにょごにょ話しながら乗り込んでいきました。聞き取れはしなかったけれど相方が先に乗っている、というような風に感じました。そしてそのまま突進。もしかしたら、これは中国人かと思いました。電車では彼女の斜め後ろの席に座ったのですが、案の定聞こえてくるのは中国語、中国人です。やっぱりマナー悪いなと思いながらも、注意しても通じないのであれば仕方ないですね。野次とばしているだけよりは気が楽です。

こういったおばさんのマナーが気になる中でしたが、先日、千歳の雪祭りならぬ氷祭りともいえる、支笏湖湖畔にて開催される氷濤祭りへと言ったときの出来事。集団になると人間って、譲り合いの精神をふんだんに発揮しようとするんですよね。その人たちはわたしがアレルギー検査のときに乗ってきた電車に乗っていたとは思いませんが、こういうところで団結しておばさんに優先的に席に座らせようとしてくる人たちも、電車の中では決して人に席を譲ろうとしないのだと思います。
わたしは何が気に入らないかって、先に息子怜だけ腰掛けていた隣の席が空いたから座っただけなのに、周りの団体旅行の一員と見られる人間たちが、「おとしより優先だよな」みたいなことを口々に言って、わたしを敵視していたからです。こういうとき、わたしは断じて譲りません。電車のように揺れているわけでもないし、ましてや団体旅行として遊びで来ているだけなのですから。北海道の女がマナーが悪くて北海道の印象が悪くなった、などと言われたとしても、わたしの知るところじゃないです。
それより、その集団でいってくるということがとにかく気に入らない。文句があるなら、「譲っていただけると嬉しいのですが・・・」などと、堂々と直接いえばいいじゃないかと思うのです。いや、いえないのくらい知ってますがね^^

けれどもこういうときにわたしはどうしても思い出してしまうことがあるのです。
それはわたしがまだ地元の教育委員会で働いていたときの話です。東京の方へと派遣研修があったのですが、わたしは本当の担当者ではなかったのにも関わらず、とある精神を病んでいる女性(わたしよりも3才ほど年上だけど、わたしに妙になついていて、退職後5年以上たった現在もたまに連絡があります)がその研修に参加することが決まったために、本来の担当者が外されてわたしが引率をすることになったことがありました。
課長が言うには、彼女がいくだなんて、手に負えないからわたしを引率させることにしたし、担当だからと言って引率するとは限らない、ということでした。いや、当時の教育委員会では変わった人がとにかくよく出入りしていたのですが、面倒なお客さんは大抵わたしに押し付けられていた(?)という感じでした。
そんな彼女と、他4人の青年、それから課長も一緒に東京へと研修の引率として出かけた、モノレールでの話です。
彼女は疲れていたのか、乗車するなりいきなり「私身体障害者なのに優先席に健康な人たちが座っていて座れな~い!!!!」と、大声で叫びました。わたしはそのとき初め彼女が精神だけではなく、身体も障がい者であるということを知りました。なので彼女にとっさにこういいました「○○ちゃんが身体障害者かどうなのかは見た目じゃ全然分からない。優先席だから、優先というだけで、体が健康な人が座っていても全然おかしくない。もし自分が疲れていて座りたいのなら、私は身体障害者なので優先席を譲っていただけませんかとお願いするのが筋じゃないかい?」すると、彼女は「ゆずってください」とだけポツリといいました。
優先席には5名ほどの方が座っていましたが、みんな一斉にサーっと立っていなくなりました。

氷濤祭りで出会った集団も、これと一緒です。そのように思えるのです。ことさら集団になるとくだらないことに団結したがるところも癪です。こういうわたしは、ひねくれもの、扱いにくい人なのだろうけれど、いいんです別に。そんなことよりも、こうして、場所状況で違う人間の心理のようなものを観察しているほうが面白いから。

氷濤祭り、今回はこれまでわたしが行った中で一番寒い日に行ってしまったような気がします。この冬初めて冬用のダウンズボンを買って着用したにも関わらず、ひどい寒さで何度も暖を取りに休憩所へと行きました。
それなのに、旅行の添乗員さんと思われる男性が、スーツ姿で自社の旗を持って声かけをしているではありませんか!!!支笏湖からの冷たい風が、本当にすごかったんですよ。頬も真っ赤になって痛むほどだったんですから。彼は何ゆえスーツ姿なのか、考えずにはいられませんでした。北海道の冬をなめていたのか、それともジャンバーを用意する時間もなく仕事に追われていたのか、たまたま他の添乗員が担当だった旅行が急遽代理としてこなければならなかったのか、いや、それにしても本州であっても冬であれば薄手でもジャンバーを着用しているものだと思うので、何かのバツゲームだったのでしょうか!?なんとも痛々しい光景で、印象的でした。

テーマ : 出来事
ジャンル : 結婚・家庭生活

可愛いの、大好きっ子

息子、怜は5才の可愛いもの大好きな男の子です。

特に、くまのぬいぐるみが大好きで、何個あるか分からないくらいあります。
くまでなくても、ぬいぐるみがたくさんあります。
千歳空港にシュタイフという、テディベア専門のお店ができたのですが、有料でぬいぐるみがたくさんある世界を見て歩けるというものもあって、以前お友達の送別のときにお友達の旦那さまが連れて行ってくれたのですが、「大好きだから思い出に何か買って」と、手のひらサイズで2500円もするくまのぬいぐるみをおねだりするほどでした。
また今度行こうということで、半額で金券ショップで入場券を購入していました。

また、ハートや赤、ピンクも大好きで、真っ赤な♥がついているピンクの股引なんかを選んでしまうので、買ってあげたりもしました。
こういうものを身につけていると、幼稚園のみんなから「きもい」とか言われることはわたしも判っています。以前、年少のときに緑色のキラキラした靴だったけれども、星とハートがついていたものを本人が気に入って履いていたことがあったのですが、園児に「きもい」と言われました。
なので、今回このピンクの股引は幼稚園にはいていかないほうが良いのではないかとわたしも言ったのですが、「見えないから大丈夫」と履いていきました。しかし、用を足すときに見えてしまったようでやはり「きもい」と言われたといいます。もう履いていかないと言っていました。

それから、家では赤いちゃんちゃんこに白い水玉がついているものを着ていたりします。

ご近所のお友達の、怜と同じ年の男の子が「一番かわいいのは赤ちゃん」と言ったことに対して、帰宅後に「ゆうじろう君が言ったのは間違い。一番かわいいのは怜」だといいます。
わたしが、赤ちゃんやゆうじろうくんの妹を可愛がると、猛烈に怒り帰宅後に「可愛いといわないで!!」と言い続けます。かなり怒っていて、わたしはもう他の子を可愛いと言えない約束になりました。

そんな怜とある日のこと、大人になると声が変わるという話になると、怜は大泣きしてしまいました。なんでも、自分の可愛い声が変わってしまうのが耐えがたく嫌だったそうです。
そればっかりはどうにもならないなと思いつつも、「声が変わっても、怜の声は可愛い声だと思うよ」と言っても、だいぶ泣き続けました。
そりゃ、この5才くらいの可愛いときで留まってくれるといいなぁと思うけれど、時が止まらずに成長だけ止まってもこまるしねぇ。

怜は女の子になりたいとまでは言わないです。
男の子でも、かわいいものが大好きで、「女の子にして~!!」とお母さんに頼んだという子も、わたしの身近にいたりしますし、シュタイフのぬいぐるみワールドに長い間いたときに次々遊びにきた中にも、男の子は女の子に負けない数きていました。

どうもこういう風にかわいいものがすきという男の子の場合、本人の見た目が男らしい子や大きい子の場合は一層辛い思いをするようです。
幼稚園にはドレスがたくさん置いてあって、自由に着ることができるのですが、わたしの知るドレス好きの男の子は、年少さんなのに年中で大きいねと言われる怜よりも大きい子です。
年少のこの男の子がドレスを着ると、女の子たちに「きもい」と言われてしまうようです。それが同じように年少の男の子で体格の小さい子がいるらしいのですが、そのこがドレスを着た場合には女の子たちは「かわいい~」というのだそうです。大きな年少さんは、お母さんにもう幼稚園では着ないと言うといいます。けれども、ドレスへの憧れや女の子そのものへの憧れが強くて、「おかあさん、お父さんには内緒だよ。だけどぼくを女の子にして!」というのだそうです。なんとも悩ましい悩みです。お母さんも言われていたたまれない気持ちになってしまうと思います。

また、ちょっとりりしい感じの男の子で、やはり怜と同じようにかわいいものが大好きな子がいます。彼の場合は妹がいるのですが、お友達が家に遊びに来たときに、わざわざこれ誰の?と聞いてきたりするそうです。「そんなの放っておいておくれよ、という話だよね~」なんて、彼のお母さんと話ししていたりもします。
怜は、かわいいぬいぐるみの小さいものをカバンにつけていたりもするのですが、「これ何?なんでここについているの?」と以前女の子に聞かれたことがありました。怜は「かわいいでしょ?」というと、女の子はフフフッと笑ってどこかへ行ってしまいました。

怜は、こういうことをこれまでもたびたび経験してきた上で、「どうして女の子のものは身につけていたらダメなの?」とか言います。色々たずねた結果、女の子そのものの体になりたいという願望はないようですが、女の子の持つようなかわいいものを心置きなく持ちたいようなので、「かわいいものがステキだって分からないで馬鹿にするなんて、この良さが分からない人たちって可哀相だね」くらいに言っておきました。それから、かわいいものを怜は好きなのに「きもい」とか「嫌い」とか言うことがよくあったので「自分が好きなものをきもいとか嫌いって言ったら、自分で悲しくならない?いいんだよ、好きなものは好きで。他の人に分かってもらえなくても放っておいていいんだから。言えばみんなにきもいって言われるなら、みんなに見せないで、自分だけで楽しんで大切にしていればいいでしょ?」そんな話もしています。

お義母さんなどは、怜のピンクハートの股引や赤い水玉ちゃんちゃんこをみて、「男の子だと黒とか青とか暗い色ばかりになってしまうから、いいんでしょ~♪明るくって!」と言っています。
わたしも、最近は茶色やピンク、レースなども好きになってきましたが、昔は黒とか青が好きでぬいぐるみなどもあまり好きではなかったものだから、部屋まで怜色になっていて、それはそれでいいかと思っています。

テーマ : 育児日記
ジャンル : 育児

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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