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胎児の記憶、3歳未満の記憶がある長男

もうすぐ8歳のお誕生日を迎える長男怜。
昨晩、寝る前に突然幼い頃の記憶を語り始めました。
4歳のころにも幼い頃や生まれるまえの記憶を話したことがあるのですが、今回はまた詳細なものでした。

「お腹の中に居た時は、退屈しのぎにぷくぷくをして遊んでいた。狭いな〜って、思っていた。」
「ぷくぷくって・・・?」
「口でぷくぷくぷくってお水を吐き出して遊ぶの。双子だったらきっと楽しかったと思う。」

「お腹の中の時間は長かった?」「そんなに長く感じなかった。」
「お腹の中はどうだった?」「あたたかかった」
「ママの気持ちとか、わかった」「だいたい、わかった」

「産まれてくる時は、赤いトンネルをシューッと滑って出て来た。いよいよかと思った。産まれたら寒くて凍えた。この人がおかあさんかと思った。優しそうだなと思った。パパの記憶はない。」

それ以外にも、1歳8ヶ月頃だったかな、ディズニーランドへ行った時の記憶はちょびちょびとあるみたいで、夜のパレードをレトルトのカレーを食べながら見たとか・・・わたしはそんなのを食べさせながら見た記憶はないのだけれども。

そんな長男に、なぜあんなにギャアギャアいつも泣いていたのかと聞いてみたら、お腹がすいていたというのだけれども・・・夜中も寝ても5分、10分といきなりターボかかってギャアと泣くのが毎日20〜30回で1歳7ヶ月まで続いた理由は、本人に聞いてもあまりよくわからないとのことでした。
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祖母たちに面会に行きました

わたしの祖母ふたりは、現在97歳と95歳です。
ふたりとも、元気ではありますが、体はだんだん不自由になって来て、施設に入っていて、介護されています。
頭の方も、はっきりしなくなってきてしまったようです。

母方の方の祖母97歳は、もう5年ほど前からわたしのことはすっかりと忘れてしまいました。
祖母宅へ遊びに行ったときに、部屋がものすごく寒いのに、祖母は平気で全然寒くないと言っていたり、自宅に来たヘルパーさんがカレーを作ってくれたのに全然辛くないおかしなカレーを作ったから捨てたとか言っていたりもしましたが、あれは痴呆の前段だったのでしょう。色んな神経が、どこかで途切れてしまうようになったのだと思います。
今回話しかけても、話し自体が頭に入らなくてぼんやりしてしまうということも半分です。
わたしは祖母にとっては孫になりますが、その意味すらわからないのかもしれません。
なので、祖母には、「おばあちゃんには子どもが3人居てね、◎◎さん、△△さん、☆☆さん、で、わたしは△△さんの子どもで、おばあちゃんにとっては孫なんだよ。忘れている?いいの、いいの、仕方ないの。大丈夫だよ。で、ここにいる子たちはおばあちゃんのひ孫になるんだよ。7歳と1歳、おばあちゃんに会わせたくて連れて来たの。」という具合です。
丁度母の日だったので、カーネーションをプレゼントしてきました。
わたしにとってはおばあちゃんだけれども、一人の母として戦時空襲の最中をわたしの祖父である亡き夫の仕事柄東京を離れられないからと東京で過ごし、その後手に職のあった祖母なのでミシンと子どもを連れてはるばる北海道へと来たのです。わたしはこの祖母から聞いたお話を短大のときにレポートにまとめると、学生研究論文集に掲載されました。
他にも子どもとか孫やひ孫が居るという話しをしました。
「いっぱいいるね」と言うと、嬉しそうに「いっぱいいるね」と微笑んでいました。
眠っていたところを起こしてしまったので、あまり長くは話ししませんでした。
30分もしたら切り上げました。

もう一人の祖母、父方ですが、1年ちょっと前に施設に入所してから、わたしは一度も行っていませんでした。
赤ちゃんがやっと1歳超えたので、ちょっと遠出もしやすくなったので、ゴールデンウィークは実家へと行くことにし、
帰りに施設に立ち寄りました。
祖母は、暫く見ないうちに、すっかり車いす生活になってしまっていました。
頭はまだ少しはしっかりしているようで、怜のことは覚えていました。
2年生になる怜は、学校でもとっても頑張っていて、何でも良く出来て先生にもほめられるというと、感心して聞いてくれました。
それに、1歳2ヶ月のの知を連れて行くと、とても喜んでくれました。
そして、祖母の懸念事項の、お店に関してなのですが、わたしが父の後会社を継ぐ、とはいっても、現在の仕事内容はわたしは一つも出来ないのだけれど、他の仕事に置き換えて何年か後にわたしがやることにしたから、潰さないけれども今の仕事をそのまますることはできないけれどいいかな?というと、「なんでもいい、せっかくあるんだから、潰さないんならなんでもいい」と喜んでくれました。
わたしも、まだはっきりとはいつ継ぐとか、具体的な話しなど両親とも話ししていませんし、会社やらなくなったら頂戴、程度にしか言っていません。けれども、そのうち税金をおさめなければならない程度に稼ぐようになったら、会社形式の方が節税になるというのが第一の理由なのですが、やはり明治45年5月創業の、今年で103年目となる老舗を、弟たちは継ぐ気がないためわたしの世代で潰すのにはしのびないです。休眠させておいても年間7万円程度で済むので、たとえすぐに会社として事業を行えなくても、父が手放す時が来たらとりあえず手元においておこうという考えです。
そんなわたしのぬる〜い考えなので、祖母をぬか喜びさせてしまっては申し訳ないのですが、それでも会社を潰さないでやっていけるだろうということだけは、それなりの見通しがあります。

何はともあれ、二人のおばあちゃんたちには元気で過ごして欲しいです。

怜、森の熊さんに遭う!

我が家のあるこの地域は、時々熊が出没して、登下校が集団となることがあるような場所です。
引っ越してすぐも、行きつけの美容室へ行ったときに店長に、「あの辺熊でるっていうじゃない。うちのお客さんの旦那さん熊と戦って一緒に居た2匹の犬のうち一匹が戦死したっていうよ。」と聞かされ、その当日にお隣さんとお話していて偶然にも同じ話しが出て来て、しかもそれはそのお隣さんのお隣、つまりうちからすると2件隣のお宅のお話だったのです。

つい先日も、うちの近所の長男の同級生の女の子とそのお兄ちゃんが森を散歩していて冬眠中の熊に出くわしたとかで、いつうちの怜も熊に遭遇するのかと思って、熊対策グッズを購入した方がいいのではないかとネットを検索してみたりしていたところでした。というのも、怜をはじめとするこの辺の子どもたちは、割と近くに熊が出没しているというのに、すぐに身近な森の中へと入って行くのです。去年も、公園にて熊目撃情報も寄せられたところでした。
お出かけするときには、「車に気をつけて」と言って送り出すこともあるし、「あんまり森の方へ行ったりして熊に遭わないようにね!」なんて言うこともあります。どんだけ田舎!?と思われるかもしれないけれど、一応ここも市なんです。けれども、わたしの出身はもっと田舎だったはずですが、この辺の方が熊が身近な感じがするほどです。

心配は案外早くやってきまいた。
とは言っても、熊に遭っただけで、何事もなく無事に帰って来たのですが。
それは今日、5月1日の出来事です。学校から帰った怜は、わたしと赤ちゃんの知が昼寝をしている間に、いつの間にかいつものようにお友達と元気に外へ遊びに行っていました。わたしは知を連れて初めて赤ちゃんの遊び場に連れて行ったので疲れて眠っていたのです。思い返せば怜のときには泣いてないてひどかったために、毎日車であちらこちらと遊び場へ連れて行っていたけれども、知は割と大人しく、しかもここは田舎で赤ちゃんの遊び場まで遠いので車がないとなかなか行けないのですが、冬期間の平日はわたしは車は使えないでいたので、だっこで散歩か、雪が溶けたらベビーカーでやはり散歩程度のお出かけしかしていなかったのです。
昼寝から目覚めてみると、ランドセルと、床に置き去りにされたお弁当箱一式がありました。

17時30分を過ぎると、「おなかすいたぁ〜、なんか無い?」と帰って来た怜から、「今日熊に遭った!」と聞きました。
「えぇっ!?なになに?それはどこで?大丈夫だった?離れていたの?」
「100メートルくらいかな?幼稚園と反対の方向だよ」
「誰と一緒だったの」
「Rくん、Fくん、Sちゃんだよ」
ああ、いつものメンバーね。まるでドラえもんを思い浮かばせるようなメンバー構成なんです。
「で、誰が見つけたの?」
「Rくんが一番はじめに見つけて、怜はイチバン最後に見つけたの。にげろ〜って、感じで逃げて来た。」
「ちょっと、危ないね!!!ところで100メートルくらいって、学校のグラウンドの端から端までくらいなのかい?」
「ちがうよ、その2倍くらい。だって学校の端から端までで50メートルだもん」
「そうか、で、熊は怜たちに気づいていたの?」
「気づいていなかった。トコトコ歩いていた」
「!?歩いていたの。いや、気づいていたら大変だったよ。追いかけてくるもの。車よりも早いんだよ。60Kmは出るんだから」
「どんな感じ?」
「車で普通に速く走っているくらいの速さは出るから、そんな100メートルや200メートルなんてあっという間にきちゃうよ」
「へぇ〜」

幼稚園と反対というのがイマイチぴんとこなかったけれども、限りなく民家の近くだということは分かりました。
普段から、森へ入っても奥へは行かないように言っていたし、本当にすぐそこに居た、という感じのようです。
う〜ん、これはしかるべきところに通報しなければならないのではないかな?と思いつつ、うちが通報するのもいいけれど、他のみんなのところはどうするんだろう、うち赤ちゃんもいるし電話とかしているとすぐ騒ぐからとか、色々考えて、まずは第一発見者のRくんのママにメールしてみました。
「熊発見のこと、しかるべきところに通報した方がいいよね?」
すると驚いたことに聞いていなかったらしく「ちょっと、熊に遭ったの!?」と、ママから電話がかかってきました。
「遭ったらしいよ。怜は、あれが夢だったり空想でなければみんなで見たから間違いないと思うって、言っているし、Rくんが第一発見者だったって。みんなで逃げて来たって。」
そしてRママは、子どもに聞いてから学校に連絡してみると言ってくれました。

しばらくしてまたRママから電話が来ると、何やら警察がご自宅に来ていてもう一人お話を聞きたいということで、警官とRママとRくんがうちに来て、そして怜を連れて現場へと行きました。
わたしは赤ちゃんが寝る頃で、夫も不在で、お風呂に入れる直前だったのでご免しました。

しばらくして怜が帰宅し、警察からは明日朝5時から、熊狩りと登下校時にパトロールが入ることが説明され、学校からは熊警戒のメールが配信されました。
一緒にお風呂に入りながら、一連の話しをしました。
湯煙で黒板と化した風呂タブに地図を描いて、熊出没地をやっと理解することが出来ました。
怜は、「熊を見たとき、これは嘘じゃないかなと思った。ぞわぞわと不気味だった。」と言います。
そして、今流行っている妖怪ウォッチのテーマソングのひとつである曲のワンフレーズを歌いました。
「ぶ、きみ、ぶきみ、ウキウキ〜!!!こんな感じだったよ」
「(笑)そうかぁ〜、そりゃ妖怪なんかよりもよほど不気味だったし怖かったよね。本当に何事も無くて良かったわ」

さすがのくまちゃん大好き怜でも、リアルな熊に遭遇してイメージは変わったのでしょうか?
(怜は、熊のぬいぐるみや可愛い熊の絵が大好きで、大事にしています)
つい先日、動物園へ行って熊を見たけれども、野生の熊を見るのとはまた全然違うのだと思います。

怜は、パトカーに夜にお友達と乗れて出かけられたのがとっても楽しかったといいます。
また、野生の熊にであったことで、一層熊が大好きになったのだそうです。。。

やっぱりネットで熊用スプレー買っておこうかな・・・?

テーマ : ある日のできごと
ジャンル : 育児

物をとっても大事にする長男、怜

うちの長男、怜は、物をものすごく大事にする子どもです。
それは、赤ちゃんの頃から割とそうでした。

今うちには0歳児の知くんがいるのですが、こちらは怜とは対照的で、物はなげるは、破るは、アムアムするはで、いわゆる普通の赤ちゃんなのですが、怜はあまりそういうのがありませんでした。

怜が赤ちゃんのときには、絵本を破ってしまったときには「絵本は大事だからね、破ったら読めなくなってしまうよ。びりびりしないように大事にしようね」などと言うと、すぐに分かって破らなくなりました。それは8ヶ月頃のときには既にそうだったと記憶しています。

物が壊れると、たとえ自分の物でなくても大泣きするということが、何度もありました。
夫の友人宅でも、友人の物が壊れたときに泣いたし、祖父母宅でも物が壊れて泣きました。
他にも自分の大事にしているくまちゃんのコップが割れたときには、それはそれは事態を収拾するのが大変で、可愛い物は割れる物なら使わせてはいけないと思ってしまうほどでした。

そんな怜は、現在、もっともっと物を大事にするようになりました。

日めくりカレンダーも、ちぎって捨てるのが嫌だと言って、なかなか使いませんでしたが、今はなんとか使っています。
お金に対しても大事に思っているようで、何度か使い方を失敗しながらも、本当に欲しいものだけをほしがるように、買うように、少しずつ上手になってきています。
物を大事にする気持ちから転じて、ご飯も残すのはとっても嫌だと感じるようになったようです。自分が食べられないときに「ママ、食べて!」と言ってきますが、わたしも食べられないときには文句を言いながらもがんばって食べます。

小学一年生になってから、病気をせずにきたのですが、先日ついにインフルエンザらしい症状で倒れてしまい、ずっと食欲のない日々が続きました。
熱は丸一日ほどで下がってしまったのですが、その後学級閉鎖も含めて1週間ほど自宅で過ごしていたのですが、食欲は最後までなかなか回復しませんでした。

なかなか学校に行きたくない理由の一つに、食欲が無いのでお弁当を残してしまうかもしれない、というのがありました。
怜は学校では給食ではなくてお弁当を持たせているのですが、なるべく給食献立にそったメニューにしています。
ただ、病気のときなどは食べれるメニューでいいと思うので、好きな物だけにして量もかなり減らしてあげるよと言っても、好きな物でも食べられない状態が続いていたので、なかなか気が進まないようでした。
昼寝も滅多にしない子なのに、続けて昼寝をしていたので、体力の自信がなかったのもよくわかります。
だけど、お弁当を最近本当に残さず食べていて、水も水道水ではなく地下水を持たせているのですがそれももったいないからと言ってきっちり飲み干してくるのは、我が子ながらどこまでも生真面目だなぁと思ってしまいます。
弟と正反対にならない程度に、ほどほどになって欲しいものですが、こればっかりは個性なので仕方ないかもしれません。

テーマ : 子育て
ジャンル : 育児

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プロフィール

にゃんぺいちゃん 

Author:にゃんぺいちゃん 
2009年8月20日開設しました。
専業主婦9年目、男児2人の母です。家族4人とも喘息アトピーのアレルギー体質ですが、食事を中心に気をつける事で、症状がでにくい状態を保っています。ブログは、日々の子どもたちの成長の記録などを通して、母が何を考えて生きて来たのかを遺し、たとえわたしがこの世から居なくなったとしても子どもたちが読み返してみて、どんなことを母が考えて子どもたちに接して来たのかを分かってもらえたらと思って書き始めました。
趣味:読書・オークション売買・子育てのこと・アトピーのこと・お金のこと、漬物作り(梅干し、味噌、玄米づけたくあん、ニシンづけ、ガリなど)、その他生活そのものを味わっています。今は子どもとの関わりがとても楽しくて、けれども掃除がアレルゲン除去に大変有効と気づいて夜中も出来る時には掃除しているため、時間が取れないので以前よりブログにかける時間がありませんでしたが、この春次男が幼稚園に入りましたので少し書けそうです。
子どもたちのためにも、素敵な未来を創造していきたいです。
アレルギー関連の記事は、過去には良かったと思ってやっていたことがダメになったということがよくありますので、時系列に気をつけて読んでみてください。過去のことを訂正しておりません・・・。
たまに更新するので、遊びに来てください♪気ままに、色々なことを書いて行きます。

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